「オラ足動かせー!!それくらい拾えなくてどうする!!しっかり面で取れ面で!!」
「もう1本お願いシアーース!!!」

体育館の、あのシューズがキュキュッと鳴る独特の音、なんか好きだ。熱くて、大きな声が轟いて、必死にボールを追う皆の姿が眩しい。‥というかそもそもそんな空間に私がいてもいいのだろうか。疑問は尽きない。そう勝手にハラハラしている私の目の前では、金髪のコーチが清水さんからボールを受け取り、ひたすらアタックをしている。ヒイイ物凄く痛そう‥‥!!朝御飯後、用意された椅子に座ってもう約1時間は見学している。あああ日向君肘めっちゃ打ってる‥あれは絶対に痛い‥!!

「くっそーーもう1本!!!」
「日向お前何本ミスる気だ!!公式戦でそんなにミスってたら試合終わるぞ!!」
「っ〜〜アッス!!さっこーーい!!!」

悔しそうに顔を歪めている日向君の後ろでは、今にも怒りだしそうな影山君の姿がある。厳しい子だなあ。昨日もずっとムスッてしてたもんな。あ、また肘打ってる‥。

練習が始まる前に清水さんや澤村君達から聞いた話だと、日向君はスパイカーというアタックを打つ選手で、影山君が菅原君の前言っていた天才セッターらしい。日向君あんなに小ちゃいのにスパイカーなのかと驚いたのは記憶に新しい。私と大体同じくらいだからそれはびっくりするしかないんだけど(ちなみに私は現159cm)。烏野バレー部のトンデモ兵器だとかなんとか。何がトンデモなのかと聞いたけど、"まあ見たら分かる"と投げやりな返事しか貰えなかった。‥未だ見ても分からないが。

「5本連続成功です」
「よーし、じゃあスパイク練入れー!」

やっとノルマを終えた日向君に拍手をしてみるも、後ろから忍び寄るように現れた影山君によって日向君の精神は削られている。私の拍手なぞ聞こえてはいないだろうが気にはしていない。バタバタと持ち場に走る部員を眺めていると、目の前から東峰君が小走りで向かってくるのが見えた。あ、もしかして‥飲み物かな?

「お疲れ様‥!あ、えっと、これ?」
「あ、ああ、ごめんね、暑いからインナー脱ぎに来ただけ‥乾き易いドライのインナーなんだけど、やっぱりお昼近くは暑くなるから汗が気持ち悪くって」
「そっか。私は肌寒いけど、動いてたらそ‥」

よね。言い切らないままびしりと口が固まる。話しながら東峰君の方へ目を向ければ、ばさりと音がしたと同時になんだかめちゃくちゃ引き締まった上半身が見えた。脱ぎに来た。まあ脱ぎに来たんだったらそれは脱ぎますよね。でもここで脱ぐんかい!!

「?知里さん?」
「ひゃんでもありまへんっ!!!」
「えっ?何?」
「東峰、スパイク練始まる」
「わっ、すぐ行く!知里さんまた後でね」

ぱさりとインナーを脱ぎ捨てて、即座にコートへ戻る東峰君。上半身の筋肉が‥。あれ高校生なのか‥というか、女子の目の前で堂々と脱げるとは凄い。男子凄い。逆だったら出来ない芸当だ。東峰君引き締まってたなあ‥すごい、頑張ってるというか‥男子ってあんな風になるんだ‥腹筋‥なんて悶々と考えていると、隣の椅子に清水さんが腰かけていた。

「ごめんね」
「え?なんで清水さん謝るの?」
「吃驚したでしょ、突然目の前で脱ぐから」
「うぐっ‥それは、免疫なくてすみません‥」
「女子私しかいないし、部活中は基本的にギャラリー気にしてないだけだから。知里さんも気にしないでね」

とは言われましてもまあ気にするんですけどね。‥という言葉は喉の奥に閉じ込める。頭を縦にだけ振ると、アタックの練習を始めたコートへ目を向けた。ビシッ!バシッ!ドガッ!と、音を聞くだけで腕が腫れそうだ。あの坊主の人は2年生の田中君だっただろうか、アタックの度に叫んで喉は大丈夫なのかな‥。

「あれ?西谷君はアタックしないの?」
「彼はリベロって言う守備専門の選手で、相手チームに攻撃は一切できないポジションなの。普段は凄く煩いんだけど、試合での頼もしさは烏野一かもね」
「潔子さんが俺を褒める声が聞こえた!!!」
「うるっせえ真面目にやれ!!フワフワすんなバカヤロー!!!」

すごい地獄耳だ。そしてコーチの反応の速度。清水さんに至ってはしれっと"そんなこと一言も言ってない"とでも言いたそうな顔をしている。面白いチームメイトがいっぱいいるなあ。なんて濃いんだろうか。

「レフトーー!!」
「あ、次東峰く‥」

ふわりと上がったボールに、体育館に広がる独特のシューズの音、真剣な瞳、力強く飛び立つ音、力強く振り下ろされる腕、そうして力強く打ち込まれたボール。

「‥‥‥‥す、ごい‥‥っ‥」

‥ なに、あれ ‥ カッコイイ ‥

今この瞬間、怖いという感情は持ち合わせていない。それどころか驚きというか感動というか、重さを肌で感じてしまうようなアタック。一瞬だけシンとした体育館は、澤村君の「‥旭、今日はスパイク俄然絶好調か?」という一言によって盛り上がりを見せていた。

「東峰君、あんなアタック、打つんだ‥‥‥」
「いつもより凄い音した。‥あんなの初めて聞いたかもしれない」
「え!じゃ、じゃあ、私ラッキーだった!!」
「‥知里さん自身ラッキーガールかもね」
「ど、どういうこと?」
「うーん‥。‥‥やっぱり秘密」

悪戯っ子のように笑った清水さんが、部活用ノートだろうか、シャープペンシルに何かを書き込んでいる。どうしよう、まだなんかドキドキ止まらない。

「旭さんすげーッス!!!なんすかあれもう1回やってくださいよ!!」

そう西谷君に言われて少し焦る東峰君の顔が視界に入ってくる。自分の心臓がもうどういう風に動いているのかが分からなくって、呼吸困難になりそうだった。呼吸ってどういう風にするんだっけ?口を両手で抑えていると、こちらを向いたコーチが悪人みたいな顔で笑っていた。

2017.02.03

prev | list | next