久しぶりに早い時間に帰宅することができたので、夕ご飯を赤葦君と一緒に食べられる。居間で課題をしている彼は随分と真剣だ。マシロが何か粗相でもしないか心配だったけれど、空気をちゃんと読んで大人しく彼の膝の上で寝ているらしい。

「赤葦君珈琲とかいる?」
「じゃあ貰おうかな。アイスがいい」
「牛乳は?」
「何も入れなくていいよ。有難う」

マシロが寝ているからか、動かないようにそっとこちらへ顔を向けた赤葦が苦笑いした。そうだよね、足痺れてるよね‥。起こしていいよって言ったら「でも可愛いし申し訳ないから」って頭を撫でている。私はそんな1人と一匹が可愛くて仕方がない。

井芹先輩と一緒にお昼を食べて以降、連絡先を交換したこともあって結構メールが来ていたりする。どうやら随分と私のことを気に入ってくれているらしいし、それは素直に喜ばしいことだ。人に好かれるっていうのは良いことだし、嬉しい。‥だけど、先輩の好きな人は赤葦君だから。下手に好きな人の名前なんて聞けないし、話を発展させることもできない。だからどうしても私は只管に聞き専を徹底することしかできないのだ。

「はいどうぞ。課題進んでる?」
「もうすぐ終わるよ。ごめん、やらせっぱなしにして」
「大丈夫だよ。もうご飯炊けたら食べれるから」
「‥ん」
「ん?」
「キスしたいって言ってる」
「え、っむ」

珈琲の入ったグラスを机に置いた瞬間、そのまま腕を引かれて赤葦君と唇が重なった。少し薄めの唇にはまだ慣れない。幾度となくキスはされているけど、やっぱり緊張してしまう。

「私の好きな人はね〜、バレーボールやってて、セッターっていうポジションで、自分の意思をしっかり持ってる強い人なんだ」

「っあの、」
「‥那津?」

井芹先輩の顔と声を思い出してついふっと顔を背けてしまった。それに対して困惑するように私の名前を呼ぶ赤葦君は、少しだけ不服そうだ。なんで、まだしてる途中なんだけど?って、そういう顔をしている。いや、私だってもちろん嫌なわけじゃないし寧ろ嬉しいんだけど。あんなに赤葦君を想って幸せそうな顔をしているのに、それを思い出しながらキスなんてできる筈ない。もう一度とばかりに近付いてくる赤葦君の前に掌で壁を作ったら、今度はその掌に赤葦君の唇が触れた。

「なんで?嫌?」
「嫌とかじゃない、んだけど、‥あの、まだ恥ずかしいから‥」
「それは慣れるしかないんじゃない?というかいい加減慣れなよ。これからもっと凄いことするんだよ」
「そ、そういうの言わなくていい、」
「‥あ、じゃあ那津からしてよ」
「へっ‥!?」

じゃあ、ってなにじゃあって。今はそういう流れじゃなかったじゃん!私から一体何をしろと。まさか、ちゅーしろとか言いたいとかじゃない、よね?恐る恐ると体を引こうとすると、掌の真ん中辺りに何か生温かいものがぬるりと張った。びっくりして引っ込めようとしたけど、赤葦君に手首を掴まれてできなくて。指の隙間から見えた彼の瞳がとても色っぽくて、そして心臓が飛び出そうなくらいに厭らしい。そんなことしないで、‥ドキドキしすぎて、保たない。

「赤葦、く、」
「京治。‥って言ったよ、俺」
「う、 ぁ ぇ 京、治く ん‥」
「うん、そう」

隣に座らなきゃよかった。近付いてくる綺麗な顔に抗えない。でも、ピタリと止まって触れそうで触れないから、やっぱり私からしろということかと、沸騰しそうな頭の中で理解した。‥理解はしたけど出来るかと言われたらそんなの絶対に無理、‥無理だよ。

「できな‥恥ずかしい、から、」
「できない?」
「まだ、‥無理 だよ‥」
「じゃあやっぱり俺からする」

ゆっくりと手首の力が緩んで、だけど、そのままま手を床に固定させられた。もう動けないって分かったら無遠慮に唇が押し付けられて、そして舌が入ってくる。前みたいにぬちぬちと絡められて、角度を変えて、吸い付いてきたらやっぱりもうだめだ。じんじんと体の奥の方が、じんわりと熱い。

「ん、っふ う、」
「‥良い子。気持ちい‥?」

私と違って息なんか全く上がっていない。それどころかそんな様子を見てほんの少し面白がっているようにも見える。真っ白な頭の中ではもう赤葦君、‥ううん、京治君のことしか考えられなかった。「マシロが俺の膝で寝てなかったら、このまま襲っちゃうのに」って舌舐めずりした彼の顔は、もっと欲しいってそう言われているようだった。

2018.06.27

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