「で、那津ちゃんどうする?」

大学の別館にある学食前、待ち合わせした時間に井芹先輩と落ち合った私は、オムライスを頼むか天津飯を頼むかで迷っていた。買う物、食べる物で結構な優柔不断さが発揮されることが度々あるのだけれど、まさかこんな所でも発揮されてしまうとは。既に南蛮定食を頼み終えた先輩が、私の顔の横からにゅっと出てきて私の悩むものを吟味している。‥凄く良い匂いがしてるんだけど、なんだろう‥石鹸のような爽やかで、でもほんのりと甘い匂いもする。香水だろうか。

「那津ちゃーん?」
「はいっ!」

ぽちり。催促するような先輩の声に驚いて、食券の販売機ボタンを慌てて押してしまった。ついでに出てきたのはオムライスでも天津飯でもなくて、チャーハンセットの食券。天津飯の隣にあったチャーハンセットに用はなかったのに、‥なんで隣同士にボタンがあるの‥。

「席取ってるから、えーと‥あ、あの奥ね」
「はい‥あの、お水持ってきます‥」
「おっけー」

こつこつとヒールの音を鳴らして先に席へ向かう先輩に小さく溜息が出た。‥今日も綺麗だなあと、つい全身をしっかり確認して見てしまう。すらりと伸びた足にスキニーパンツが似合ってる。抜け感がある大きめのストライプシャツと、腕に付けたゴールドの時計。ヒールについてるゴールドのアクセントと合わせてるのかな、とか。

「いただきまーす」

席に座って向かい合って、軽く手を合わせた。食べる仕草も変わらずお美しい。‥なんで、赤葦君はこんな人を選ばずに私を選んだんだろう。考えて悲しくもなるけど、それと同じくらいにずっと疑問に思っている。

‥聞いてみてもいいのかな。赤葦君に告白したんですかーって。ちなみにどこが好きなんですかとか、色々。でも聞いた所でどうすればいいのか分からないし、やめた方がいいか。っていうかそもそも今赤葦君と付き合ってるのは私だし、万が一バレて「なに、付き合ってたの?なんなの嫌味?」とか言われるのも嫌だ。チャーハンセットのチャーハンをもくもくと口に放り込みながら、頭の中が色んなことでいっぱいになっていく。

「‥ハル、」

ふと止まった足音に顔を上げた。‥誰だろう、先輩の知り合いかな。多分歳上で、私よりも随分大人っぽい人達が4、5人。

「あれ‥英太‥‥皆も一緒?」
「え〜ハル大学来てたの?!だったらお昼誘ったのに〜!‥あれ、誰?後輩?」
「可愛いでしょ〜私の後輩第1号〜」
「ごめんね、ハル煩いけど仲良くしてやって!」
「い、いえっ‥」
「煩くないよ!」

井芹先輩と同じようなキラキラした人達の集団に突然取り囲まれて、チャーハンの味が分からなくなった。そ、そうだよね‥そりゃこれだけ綺麗なんだもん‥綺麗な人の周りには似たような人達が集まるって言うし!じろじろと見られる視線、そして何人かに自己紹介をされて、何度かぺこりと頭を下げる。こんなに挨拶するの、サークルに始めて入った時以来だ。‥なんか緊張する。

「最近大学で全然見ないけどそんなに忙しいのか?」
「あ‥まあ、そんな感じかなあ」
「ハルって次の授業、」
「瀬見君、席取られちゃうから早く行こうよ」
「あ、‥わり、また連絡する」

釣り目っぽい“瀬見君”って呼ばれたその人は、そのまま後ろ髪を引かれるようにその場から立ち去って行く。それと一緒に周りの皆さんも離れていって、しんと静かになった。ほうと息を吐いた先輩が、さ!とばかりにお箸に手を付けた。‥なんだろう。よかったのかな、なんか話したそうだったけど、‥話さなくても。

「そういえば那津ちゃんって好きな人いるんだよね?どんな人?」

いや、いや!!なんで急に!!

だって井芹先輩の好きな人赤葦君なのに、まさか私もだなんて言える訳がない。ごふっと噴き出しかけたお茶をなんとか飲み込む。ううん‥どんな人って言われてもな‥。どう言うべきかを迷っていたら、私もいるんだーってすぐさまカミングアウトされた。あ、いえ、それは知ってます。知ってますとも。でも、そんなことは流石に言えないから。

「‥すごくカッコイイ人です‥」
「そりゃあ好きな人はカッコ良く見えるよ〜。当たり前」
「そ、そうなんですけど‥」
「私の好きな人はね〜、バレーボールやってて、セッターっていうポジションで、自分の意思をしっかり持ってる強い人なんだ」

だめだこれ、分かってはいたけどアウトだ。ほんわりとチークではない朱色が頬っぺたを色付かせている。‥井芹先輩もそのくらい好きなのだ。赤葦君のことが。

2018.06.22

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