「ちょいまち、今あんたなんて言った?」

2限目の授業が被っていた円ちゃんが、私の話を聞いて目を丸くさせた。え?なんか変なこと言った?言ってないよね?

ただの世間話、そして先生の愚痴。その後に私は昨日の出来事を話しただけだ。どこにも困惑されるようなことは言ってないはずなのに、途中で会話を止められてこっちが困惑である。先生の授業を聞くふりをしながら眉間に皺を寄せた円ちゃんがカチカチと何度もシャーペンの音を鳴らす。‥どういうことなんだろう。よく分かんないけど、なんか私やらかした?

「‥えと、お昼に名前しか知らないような先輩とご飯を食べる、‥のは変‥?」
「いやそこじゃない。そこじゃないから。っていうか私名前言ってなかったっけ?」
「名前?‥なんの話?」
「‥‥。あー、‥言ってなかったかも。ごめん、私のせいか。‥せいか?」

頭を抱えた円ちゃんは大きく息を吐いている。言ってなかったかもってなんだろう。そのまま黙ってしまったので、私は取り敢えず黒板に書いてある内容をノートに書き写すことにした。円ちゃん、写さなくていいのかな。さっきここ次の小テストでやるって言ってたけど‥。

「‥あのさ、ちょっと言いにくいんだけど」
「うん?」
「井芹ハル先輩ってそこそこ有名人だよ」
「そうなんだ。でも分かる、綺麗な人だもんね」
「そんだけじゃなくて。去年のミスコン出てたから。優勝してないけど」
「へえ〜‥あれ‥それなんかデジャヴなような‥」
「だから〜‥‥だからさ、その人なんだって‥赤葦君に告白したって人‥」

ぱき。っと芯が折れた音がした。ノートに黒いカケラが転がっている。‥え。今、今なんて言ったの円ちゃん。あの肌の白くて綺麗で素敵な人が、赤葦君に告白したって‥そう言った?一瞬だけぽわんと想像して頭を振った。だって、考えれば考える程、溜息を吐きたくなるほどお似合いなんだもん。‥そういえばなんで赤葦君は私なんだろう。そういうの、1回も聞いたことない気がする。‥例えば火事になったのが私の家じゃなくて、井芹先輩だったら?今の私と同じ状況になってた?

‥いやいや、でもちょっと待った。‥その前にだ。なんで急にそんな神妙な顔でそんなことをわざわざ私に言うんだろう。円ちゃんに一言でも言ったことあったかな、‥私が、赤葦君を好きだってこと。

「な‥なんで言いにくいの?」
「いや、‥那津って赤葦君のこと好きじゃん」
「そんなこと言ったっけ、私言った‥?」
「いやなんとなくそうだと思ってたっていうか‥」
「ていうか‥?」
「あー‥ほら、5人で行った飲み会の帰りさあ、私黒尾先輩と木兎先輩と帰ったじゃん?その時に黒尾先輩が“那津ちゃんって赤葦のこと好きっぽいよなあ〜“って言ってて‥そう聞いたらそうかもって思い始めてさ」

あの後そんなことを話しながら帰っていたのか。まあ、かくいう私達もその日からお付き合いを始めたのだけども。

「赤葦君が告白されたって話して動揺するかと思ったら案の定結構動揺したでしょ。ごめんねいじめて」
「あれいじめてたの‥」

ひっどいなあ。少しだけくすくす笑う円ちゃんは、赤葦君かあ、中々ハードル高い男好きになったねえと溜息交じりに声を出した。ハードル、やっぱり高いよね。これでも、‥もう赤葦君とは付き合ってるんだけどね‥。周りから見てもあんまり釣り合っているようには見えないらしいことが間接的に分かってしまって寂しい。もっと頑張らなきゃ。赤葦君が恥ずかしくないように‥!

「まあお昼一緒に食べるのはどうぞいってらっしゃいだけど、何言われても凹まないようにね」
「もう既に凹んでるよ‥」
「最近那津が目に見えてお洒落するようになったのはそれが原因かあ。成る程ねー‥」

にやにやとこっちを見てくる視線に耐えられなくて、私は黒板とノートに集中することにした。目に見えてお洒落、‥できてる?分からないけど、同性からそう見えるってことは少なからず嬉しくて、その反面「恋してます!」っていう風に他人から見えていることがちょこっとだけ恥ずかしかった。だけど、赤葦君に恋をしているのは本当のことだから。

「とりあえず井芹先輩に丸め込まれないようにね」
「そういう感じの人じゃない気がするけど‥」
「女って分かんないからな〜」

‥円ちゃん絶対面白がってる気がする。あ、またシャーペンの芯折れた。

2018.06.21

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