この間の赤葦君の顔を思い浮かべると駄目だ。一々顔が熱くなって、目元がゆっくりと膜を張る。‥胸とか、首元とか、恥ずかしい場所を触られて、出したこともない変な声も出て。下着、可愛いやつじゃなかったからよかった。お腹も凹んでるわけじゃないし、‥そういうの全部見られなくてよかった。そう考えているといずれは見られるのかもしれないということで、‥頭の中が爆発してしまうんじゃないかってくらいにどうしようもない羞恥心が襲ってくる。

バイトを終えた後、マスターから残り物のサンドイッチとパンを貰って夜久さんに途中まで送ってもらっていると、そういえばと夜久さんからも賞味期限切れ間近のインスタント食品をお裾分けしてもらった。こんなに食べきれないからともらったそれは、実家から送られてきたものらしい。そういえば私お母さん達に何も言えてないけど、‥なんか送ってきたりとかしてないよね‥?連絡特にないから大丈夫か。

「「あ」」
「ん?」

帰り際の途中で被った声は、私と目の前から現れた綺麗な女の人だ。そのお顔に見覚えがあって、頭の中をフル回転させること数秒、思い出したのは私の髪の毛をお団子にしてくれた肌の白いあの人だった。

「あの時の女の子だ、‥と、彼氏かな?」
「あ、バイトの先輩です。途中まで送ってもらってて‥あの、先日はありがとうございました、リップ、使わせてもらってます!」
「ほんとー?いいでしょあれ、色カワイイよね」
「那津の知り合い?」
「知り合いというか‥」
「あー、そうだね。突然あんなことして別れたもんね。私3年の井芹ハル」

つやつやうるうるの唇がぷるりと震えて、つい私も目を大きく見開いてしまう。‥誰かとデートとかだったのかな。この間よりもずっと綺麗で、女の私でもほう、と見惚れてしまった。そうだよなあ、こんな人が彼女だったら、‥きっといいんだろうなあと、そう思ってしまう。

「なんか話ついていけねーんだけど、まあ知り合いなんだな」
「そうそう、そういうことです!」

白い肌もそうだけど、くりくりの目に施されたベージュのアイシャドーとか、ピンク色に染まった頬っぺたとか、‥羨ましいくらいに似合ってる。私もこの人みたいになれたら赤葦君に釣り合うことができるのだろうか。周りにもお似合いだねって言われるのかな。いいなあ、‥私も、もっと綺麗になりたい。

「ねえ、貴女は?」

そうやってじっと見ていたのがバレたらしく、痺れを切らした井芹先輩が私に聞いてきた。そうだ、名前。相手には言わせておいて(言わせた訳ではないけど結果的には)、自分が言わない訳にはいかない。自己紹介をする隣で夜久さんがなんで今?と言いたげだったが、そんなことは気にしていられなかった。‥私、どんだけ緊張してるの。

「那津ちゃんね、覚えた」
「あの、リップのお金お支払いします!」
「え〜いいよ。ねえ明日学校来る?」
「来ます、けど‥?」
「私後輩がいるっていう感覚初めてでさ。お昼一緒に食べよ!」
「えっ」

ぶっちゃけ、よくもまあもう1人知りもしない夜久さんもいるのに誘えるなあと思ってしまったけどそれは黙っておこう。最初に会った印象よりも、少しだけ子供っぽいところがあるのかなあと思ったり、思わなかったり。

20分も道端で話している間、夜久さんは彼女さんに電話をして時間を潰していた。申し訳ないと思いつつ、井芹先輩と話すのは結構楽しくて、やっぱり物凄く綺麗で良い人だった。髪の毛を耳にかける仕草も、携帯を取り出すようななんでもない仕草でさえも。女の先輩って、部活の中での人しかいないから私も嬉しい。この人にいっぱい色んなことを聞いたら、綺麗になれるんだろうか。憧れのような感情が心の中に広がっていくのが分かって、どきどきした。

「じゃあ、明日学校でね!」

一頻り話終わると、はっとしたように時計を見て慌てて向こう側へ行ってしまった井芹先輩。なんとなく嵐が去ったみたいで、夜久さんと顔を見合わせて笑ってしまった。なんなのあの人、すげー美人だけどちょっと煩いなって暴言まで吐くものだからちょっとだけ驚いてしまう。やめてよ、もう!近くにいたりしないよね?

「結構暗くなっちまったな、家まで送るわ」
「だ!大丈夫大丈夫です!!うちの近くすっごい明るいので!」
「?なに、そんな都心に住んでんの?」
「お、お店いっぱいあるから‥結構明るいんですよ‥?」

口から出まかせ。そんなことは分かってるし、夜久さんの気持ちだって嬉しい。だけど、彼には彼女がいるということ以上に赤葦君と住んでいるってことがバレたくないから。必死に断っていると、逆に住んでる所見てえわ〜って言われてさらに焦ったけど、まあ大丈夫ならいいけどって笑われた。

「じゃあ、本当気をつけて帰れよ」

にこやかに笑った夜久さんに頭を下げて、ほうと一息ついた。いつか言えたらいいなあ。堂々と赤葦君の隣に立って「この人と付き合ってるんです」ってことを。

2018.06.17

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