知里が怪我するのなんて割としょっちゅうだったけど、病気で学校を何日も休むところを見たのは多分始めてだ。

「あれ?旭どこ行った?」
「帰ったんじゃないか?ちょっと急いでたっぽかったぞ」

練習終わり、いつの間にかいなくなってしまった旭に対して、つい俺は思ってしまったのだ。「ちょっと知里のお見舞い行ってこようかな」と。先生に預けられたプリントもあるし、ちゃっかり家の道程も教えてもらったし。抜け駆けが狡いとかどこかで思ってしまったけど、やっぱり心配なんだよ。‥連絡つかないのもずっと気になってたし。

大地に一言断って、先生からもらった地図片手に自分の家の全く反対方向へと歩き出す。歩道橋を渡って、小さなコンビニを横切って、以前知里と一緒に乗ったバスの停留所を通って。大体ここまでしか家の方向が分からなかったから、ここからはある意味未知の領域だ。‥お母さんとかいんのかな。いたらちょっと、恥ずかしい。そんなことを思いながらも、知里と少しだけ会えるんだって期待を膨らませていた。

「‥あ、やっぱスガ君だ」
「あれ、‥日島じゃん」
「スガ君の家こっちじゃなくない?部活終わり?何やってんの?」

ちぇーっと、ちょっとだけ残念な気持ちが口から出そうになった。知里の家に行くのは誰にも言いたくなかったんだけどな‥。そう思いながらも、目の前の日島が不思議な顔をしたまま崩れないものだから、観念して口を開くしかなかった。

「知里にプリント届けに来たんだ。家こっちだべ?」
「あーそういうこと。先生が今日私呼んでたって誰か言ってたけどそれか‥案内しようかー?」
「あ、まじで?助かるー」

本当は別にいいんだけど。‥いいんだけどさ。「いいよ、1人で行けるし」って断るのも気が引ける。俺の“助かる”って言葉に何が嬉しかったのかにこにこと笑って、こっちだよって指を差すと、俺の目の前を歩き出した。‥っていうか、こんな時間まで生徒会だったんだろうか。夜遅くに帰るって結構危ないよなあ‥。まあでも、仕事色々大変なんだろうな。

「‥てか、スガ君は大概来海のこと好きすぎるよ。わざわざプリント届けに行くかね普通‥」
「なんだよ急に」
「一途だよねえ‥ほんと一途」
「あー‥まあなー。だって可愛いじゃん知里。ああいうドジで一生懸命な奴ってほっとけないっつーかさ‥」
「‥そうだよねえ‥」

そうだよねえってなんだよ。好きなもんは好きなんだからしょーがねえだろ。‥てか、大体今まで知里のことが好きって言う奴の話なんか聞いたことなかったのに、恋敵に旭が出てくるなんてどういうことだっつーんだべ。さっさと告白でもしておけばよかったなあ‥なんて思っても後の祭りか‥。会ったらどうすっかなー‥この間好きだって言っちゃったようなもんだしな‥。

「‥あ、そこ曲がって行った奥なんだけ‥ど、」
「おーサンキュぅぶっ」
「の、前に、近くに、めっちゃ人気の喫茶店があって!そっち、いこ!」
「は?」

いや何言ってんだ。だって知里の家すぐそこなんだろ?訳が分からなくて向こう側を覗いてみようとしたら、両手で顔を遮られて鼻が潰れた。そもそも喫茶店って普通こんな時間までやってるか?いいから早く行きたいんだけどって、必死に押さえつけられる彼女の腕を掴んだ。よわ。本当に力入れてんのかな。‥やっぱり日島も女子なんだよなあ。

「‥‥え」

ひゅんと、喉元が急に冷えたみたいに息苦しい。‥突然日島の態度がおかしくなった理由が分かってしまった。道の奥、左側に、男女が抱き合っている場面が見えたから。‥それが烏野高校の制服と、パジャマみたいな格好の女の子で、‥旭と知里だって分かったから。なんだよ、旭、部活終わってからさっさといなくなった理由ってこれだったのかよ‥。マジかよ、‥マジか。

「す、が君‥」
「あーいや‥‥日島、俺が見ないようにしてくれたのか、‥そうだよ な」
「‥スガ君、あの、ごめ‥」
「なんだよ、なんで謝んの?別に誰も悪くねーじゃん。つーか俺、一々タイミング悪すぎ‥」
「っ‥」
「悪い、‥日島からこれ、渡しといて」

なんだこれ、めちゃくちゃかっこ悪い。だけどそんなこと気にしてられないくらい、心臓痛い。あんなの見せられたらもう、俺が入り込んでいける隙間なんて全くないじゃん。渡されていたプリントを日島に全部押し付けて、くるりと反対側を向いて、逃げることしか、できない。

「‥ッスガ君、‥‥‥待って、」

蚊の鳴くような声が彼女から聞こえたのは分かっていた。だけど、ごめん。俺今はもう、そっち向けないよ。言いたいことは半分以上伝えられなかった、俺の旭以上に不器用な初恋は終わった。こんなかっこ悪い所、日島にだって見せられる訳がない。泣いてる男の姿なんて、あいつだって幻滅するだろ。

「‥っ‥これで、いいんだってことくらい、わかってんの に、」

知里のこと、好きだった。‥本当に好きだったからこそ、今日までは想っていても罰は当たんないよな?

2018.06.14

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