「知里さん、‥本当に体、平気?」
「だって、来てくれてるのに行かない訳には‥」

体は熱いし、でもなんだか風に当たると寒いし、頭はちょっぴりふらつくし。否が応でも自分の体調はやっぱりまだ悪いんだということが思い知らされる。でも、それでも、‥気不味いとか思ってはいたって本当は彼に会いたかったんだから。

眉間に皺を寄せて、でもどこか嬉しそうに笑う彼。私の体調が悪いのを心配してなのか、そろりそろりと伸ばされた手が頭に触れて、そしておでこに降りてくる。まだ熱いね、本当に下がってない、寝てなくていいの?あ、俺が来たからだよね、ごめん。‥捲したてるように繋いだ言葉は、彼の優しさの塊だった。ぼやぼやとする頭の中で、そんなことない、嬉しいって、ずっと応えている。‥実際はそんなこと面と向かって言えてはいない、けど。

「あ、‥あの、」
「ちょっと待ってね、俺の上着でよければ」
「なんで来てくれたのか、私まだ教えてもらってない、」

ぴたっと、上着を脱いでいた東峰君の手が止まった。ぐっと噛んだ唇の辺りから、ちょっぴり震えているのが分かる。‥やっぱり私のあれ、聞こえてたんだ。それに対して何かしらのアクションがこれからあるんだろうかと思ったら怖くて、そこから先の言葉が出てこない。だってまだ夏の合宿だってあるのに、顔を合わせることだってきっと多いのに。「なんで来てくれたのか教えてもらってない」だなんて、私は一体どんなことを期待して口走ってしまったんだろうか。‥恥ずかしい、恥ずかしくてたまらない。

「‥ごめんなさい、やっぱり今のなしにして」

同じクラスでもない私が体調崩したくらいで来てくれた東峰君の優しさを素直に受け取っておこう。慌てて目の前でぶんぶんと両手を振って、やっぱり東峰君にうつしてもいけないからと一歩足を引いた。好きだっていう気持ちと、これ以上のめり込んだら今度こそもう後に引けなくなっちゃうっていう気持ちが混ざり合って泣きそうだ。彼は私と菅原君が付き合えば嬉しいなって思っているんだから。‥そう、なんだから。

「‥‥スガに怒られた」
「え、菅原君?‥あれ、なんで‥?」
「俺が逃げてばっかりで、本当どうしようもないくらいへなちょこだから」
「そう、かな‥‥私はそんなこと思わないよ。私ずっと東峰君のこと見てたから‥へなちょこなんかじゃない、よ」

これは私の本音だ。どんな人よりもずっと優しくて、見た目よりもずっと繊細で、なのに、皆にエースって認められるくらいにかっこいい人。彼のスパイクの一撃から始まったと言っても過言ではない私の初恋。例え他の人からお前はへなちょこだって言われようとも、私は絶対に否定できるから。

「‥知里さん」
「うん?」
「この間スガとのこと応援するって言ったけど、‥やっぱり俺応援できない」
「そ‥のことは、違っ」
「俺、‥‥‥知里さんのこと好きだ」

一瞬頭の上にクエスチョンマークが飛ぶ。聞き間違いかと思って、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。ごくんと唾を飲み込んで、耳がおかしくなったんじゃないかと不安になったけど違った。目の前の東峰君の顔、驚く程真っ赤で、そして真剣だ。

「だけど知里さんとスガが仲良いのとか見てたし‥その、周りからも良い感じで見られてるのとか、聞いたりして‥全然自信なくて‥知里さんが幸せだったら、俺もそれが、一番いいかなって‥‥思ってたんだけど‥」

ぎゅうと強めに握られた拳が見える。力を入れているのが分かるくらい、白い。

「‥俺、勝手なこと言ってばっかりで‥でも、本当に好きだよ。だから知里さんも教えてほしい、俺のことどう思ってるのか」

一歩近付いてきて絡んだ視線が熱い。それはそもそも私が風邪を引いているからなのかもしれないし、そうじゃなくて彼の熱に触発されたからかもしれない。私のことを好きでいてくれていたことが嬉しくてしょうがなくて、じわじわと瞳の奥がぐしゃぐしゃになっていく。ああ、私も好きなんだよって言いたかったけど、それよりも先に出たのは鼻をすする音と嗚咽の音。嬉しい時に涙って本当に出るんだなあって他人事のように考えていたら、目の前で慌てた東峰君のスポーツバッグからタオルが出てきたのが見えた。

「え。ごめ、えッッ!?な、あの、タオル!ってこれ俺が部活で使ったやつだ!臭い!?」
「‥‥ううん、」
「?」
「東峰君の匂い、だね」
「‥」
「私も東峰君のこと好き、だから、‥‥応援するなんて言わないでほしかった、」

あの時のことを思い出しながら精一杯声に出したけど、多分掠れていたと思う。‥悲しかった。”スガとお似合いだ”って東峰君に言われてから、とても。渡されたタオルが雨に濡れたみたいに湿ってきても、涙は止まらなかった。でもよかった。彼の中でも私は特別な存在になっていた。ちゃんと、なることができていたのだ。

「うぐ、 ふぅ 」
「ごめんね。‥泣かないで、」
「無理だよ、私、今凄く嬉しいんだもん‥」
「‥‥俺も、やばい、めちゃくちゃ嬉しい、」

道中でぎゅうと抱きしめられたのは分かっていたけど、恥ずかしいとかそんなことよりも、ずっとずっと幸福だった。大きな掌は、確かに今私の背中にある。それはいつも見惚れていた、大好きな大好きな彼のものだ。

2018.06.13

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