薬を飲んでも中々熱が下がらない。これはまさかインフルエンザでは、はたまた不治の病では。これで学校休むの、4日目なんだけど。体温計の37.9度という数字を見て、なんだか気分の悪さがぶり返したようである。流石に皆と連絡取らないの不味いよなあと、携帯に手を伸ばして、やめてをここ2日繰り返している。携帯、後でいいや‥。そろそろと何回目かのわかめスープに手を伸ばしておでこに貼ってある温くなった冷えピタを剥ぎ取った。

3日目は流石にお母さんが1日居てくれたけど、両親は共に働いていて、そんなに簡単に休めないこのご時世なのだ。渋々という具合に仕事に行って、またぽつんと夜中まで私1人。

「皆何してるかなあ‥」

日向君や影山君は、きっと相変わらず喧嘩しながらバレーしてるんだろうなあ。午前中と午後の勉強が終わって、慌てるみたいに体育館に駆け込んでバレーボールを追いかけているのを想像すると、ふふふと勝手に頬が緩んでいく。見たいなあ、早く、皆の変わっていく様を。そうやってバレーのことばっかり考えていると、潔子ちゃんとどうしても話しがしたくなってしまう。

女の子だし、連絡しやすいし、なんにもないし!‥なんにもないしって考えてしまうのはおかしいか。‥いや、おかしくない、だって菅原君も、‥東峰君も、私が気不味いんだもん‥。

机に置いてあるiPhoneに今度こそ目一杯手を伸ばして、久し振りに掴んだ。真っ暗な画面に私が映っている。酷い顔だ。何かを悩んでいるような、まるで病人のような顔付き。‥いやどっちも間違えていない。スリープボタンを長押しして、ドキドキしながら画面が明るくなるのを待っていると、りんごの画像が出てきて、いつものロック画面になった。そうして数秒後、夥しい数のメールや着信履歴がぽんぽんと通知される。うわ、やば、こんなに来てるなんて思わなかった。

「あ‥」

履歴の中に、潔子ちゃんや澤村君、琴ちゃん、菅原君の連絡が入っていた。あと、数人のクラスメイト。「早く生きろ!」って、琴ちゃんらしいと言えばらしい。皆心配してくれているから、という文面を見ると、とても申し訳無い気持ちになってきてしまった。自分の気持ちの都合で電源を落とすなんて馬鹿だったなあ、と、

思っていた直後だった。

「え、っあ、え」

まるでiPhoneの電源をつけたのを見計らったかのように着信が入ったのだ。着信の相手は、私が1番連絡を避けていたと言っても過言ではない、東峰君。なんでこのタイミング、どっかで見てたんじゃないか。そんなことを考えていたって仕方ない。最初はそのうちすぐ切れるだろうからと出るのを迷っていたけれど、着信は全く途切れなくて、観念して少しだけ震える指で画面をそっとスライドした。

『‥知里さん‥!?』

私が出たことに驚いたような、そんな声だ。慌てた拍子に携帯を落としたのか、ガシャンと耳元で大きな音がして、一瞬耳からiPhoneを離す。その奥で、うわああぁああって取り乱した声が聞こえて、ふふって笑ってしまった。

『だっ大丈夫?熱下がった‥?』
「まだ中々下がらなくて‥でも、ちょっとずつ元気になってると思う」
『そっか、皆連絡つかないから心配してたんだよ、電源入ってなかったの‥?』
「ご‥ごめんなさい‥」

気不味くて電源を切ってましたとか言えない。でも実際は話してみると気不味いどころか連絡がきて嬉しいが勝ってしまうんだから、私という人間はつくづく現金な奴だ。電話の奥で、一体彼はどんな顔をしているのか、どんな気持ちで電話してきたのか、‥私のあれは、聞こえていたのか。

『‥まだ熱あるなら、出てこない方がいいよね』
「うん、学校で皆に菌ばらまけないし、あは、」
『そうじゃなくて』
「え?」
『ごめん。‥‥知里さんの家の近くまで来てるんだ』
「ぇ‥‥えっ!?」

今度は私が慌てる番だった。転がり落ちるようにベッドから這い出て、部屋を暗くしていたカーテンを開けた。どこにいるかわからなくって、本当なのかと思っていたら、右の奥の方で猫背姿になった東峰君を見つけてしまった。ほ、本当に来てる‥。どうやって私の家を突き止めたのかとか、気になることはたくさんあるけれど、適当にパイル生地のパーカーを羽織ると、とにかく早く行かなきゃと一目散に玄関へと駆けた。

『ちゃんと良くなったらまた‥』
「待って、どうして来たの、なんで、」
『‥‥どうしても、会いたかったから』

可愛くないつっかけ。可愛くない格好。化粧だってなんにもしていない。それでもいい。駆け下りてドアを開けた向こう側、会いたかったからと言われた瞬間に、その彼と目が合った。酷く、優しい眼差しだった。

2018.06.11

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