「じゃあお母さん出掛けるけど、あんたちゃんと寝てないと駄目よ」
「は〜い‥‥」

頑張り疲れ、はたまた緊張疲れ、‥いや、恐らく色んな気疲れかもしれない。結局帰宅してからそのまま熱を出して寝込み、それも2日目に突入している。お母さんは渋々と扉を閉じては開いて、随分と心配そうに部屋から出て行った。多分私があんまり風邪なんて引いたことがないからだと思う。合宿中はずっとどたばたしていたから、暇に暇が重なって超暇だ。とは言え熱は38度を超えているから暇でいいんだけど‥。

色んな気疲れ、の中に、もちろんあれも含まれている。東峰君に言ってしまった、私の心の内だ。好きだとつい口走ってしまったこと。

「ああ"〜‥」

そんなこと言うつもりなんてなかったのに私はほんとに馬鹿だ。馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!!あの時の東峰君の表情は、未だに思い出せる。ぽかんとした目と、開いた口。意味が分かってなければいいと一瞬思ったけどそんな訳はないと思う。何かを聞かれるのも怖くて、iPhoneは即電源を切ったまま机の端っこに置いたままだ。‥いや、それがあんまりよろしくないということは分かっているんだけど、‥そうする手立てしかないというか。

すぐ手の届く所にあるペットボトルと、ケトルに沸かしてあるお湯を注げばすぐ食べられるわかめのスープ。ろくに何も食べていなかったから、せめて何かお腹に入れようと体を起こす。熱は‥測ったらまだ後悔する気がするからやめておこう。

昨日から通常通り学校が始まっているし、休んでいることも当然ながら菅原君も澤村君も知っている。‥ということはもちろん、東峰君だって2人から聞いてると思ってて良い。変に思って‥ないわけないよなあ。だって好きって言ってから次の日から休んでるんだよ、おかしいよ、私だったら絶対「あの時のあれがやっぱり気不味いから休んでるんじゃ‥?」って思うもん。熱です、本当に熱です!って大声で叫びたい。まあ叫んだ所で聞こえやしないだろうが。

お湯を注いでぐるぐるかき混ぜて、空きっ腹のお腹にスープを流し込む。額に貼ってある冷えピタがぼとりと布団の上に落ちたけど、まあ、後で替えればいいや。ちらりとiPhoneを見て電源を付けようかと一瞬迷ったけれど、いやそれはまた後でいいかと放っておいた。それよりもまず、さっさとこの熱を下げることをしないと、長期合宿もあるし、‥‥長期合宿、かあ。このまま東峰君とのこと放置しておいて大丈夫なんだろうか、私。












「え、清水も連絡取れてねえの?」

放課後の3年2組、‥の教室前。帰宅する生徒や今から部活がある生徒が賑わう中で、スガは清水を捕まえていた。先日から体調不良で休んでいるという知里が少しばかり心配で、俺もスガも連絡してみたが返って来ず、清水ならと声を掛けた結果惨敗である。ラインの既読は付かない、電話も出ない。

「昨日菅原に聞いてからすぐ電話したんだけど、電源が入ってないか電波の悪い所にいるって」
「電源入ってないんかなあ‥」
「来海そういうところちゃんとしてそうだけど、‥東峰、何か知らないかな」
「あ、旭!」

隣のクラスから出てきた旭を引き止めて、スガが手招きした。そういえばあいつ合宿からこっちに帰ってきた後、そそくさと1人帰って行ったっけか。知里が早々と帰ってから程なくして。そこでなんかあったとか、‥あるわけないよな。へなちょこなあいつだもんな。

「どうしたんだよ、皆揃って‥」
「知里今風邪で休んでんだけど連絡つかねーんだ。なんか知らねー?」
「‥いや、知らない、けど‥‥風邪、」
「そう、風邪。合宿帰ってきて体調悪そうだったろ」
「‥」

突然黙りこくった旭の顔が青くなって、そして紫になった。その反応は一体どういうこった。お前も風邪か。席が隣だったから伝染ったとかそういうアレか?

「お前もまさか風邪、」
「東峰、連絡できる?」
「エッ俺?」
「前は俺が連絡しても良い?って言ってたよね。私達の中でまだ連絡してないのって東峰だけだよ」
「いや、でもそういうのはまず女子の清水が、」
「このへなちょこ」
「!!」

おお、清水が、‥目に見えるくらいに怒っている。触らぬ神に祟り無しならぬ、触らぬ女神に祟り無しである。しょんぼりとしながら肩を落とす旭にかける言葉がない、というより見つからない。というか見つけろって方が無理な話だ。

「へなちょこ〜!」

隣のスガは、悲しそうな目をしたまま必死に笑っていた。‥居た堪れない感じなのは俺だけか。

2018.06.05

prev | list | next