行きにこっそりと繋いだ手は、もう繋げなかった。

合宿中に気付いてしまったことは2つ。彼女には烏野のバレー部に好きな人がいる、ということ。そしてそれがもしかしたらスガかもしれなくて、多分スガも知里さんのことを。‥もうそんなんじゃなくて、こっそり付き合ってたりするかもしれない。考えれば考えるだけ凹むから、自動販売機の一件以来考えるのをやめていた。

知里さんが好きだということは何も変わらない。だけど、スガと両片想いであるなら、それが一番幸せに決まってる。俺は悲しいけど、スガなら祝福できるしおめでとうって言える。‥ほら、それでいいじゃないか。

「よー」
「スガ」

なんだか蒸し暑くて、少しだけとばかりに外の風に当たりに来たら、階段でボケっとしているスガと遭遇した。なにやってんだよ、明日はえーべ。それはスガもだろ?って、空いていた隣に座ったそのタイミングだった。なあ旭ちょい聞いて、と一言。持っていたスポドリを置いて俺の目を見た。‥ちょっとだけ怒っているような、そんな目だった。

「旭は好きな人とかいんの?」
「え‥なんだよ、急に」
「俺いるんだよな」
「‥そうなんだ?」
「旭もいるだろ」
「いや、俺は、」
「隠すなよ。知里だろ」

なんで知ってるんだ、そんなこと。最初はいるのか?って聞いた癖に。否定をしようと思ったけど、上手く言葉が出なかった。知里さんが好きだったら、どうなんだろう。‥彼女の話題を振るってことは、やっぱりスガもそうなんだ。だったら上手くいくのは絶対にスガだから、そんなことは絶対言える訳ない。俺は必死に隠すことだけに専念するしかないから。知里さんのことは良い子だなとは思うけど、多分好きとかそういうのじゃないよ。スガはどうなんだよって小突いて、笑えるように努めなきゃ、と。

「自販機で会った時、お前がどっか行った後あいつ泣いてたべ」
「へ、?」
「全部旭のせいだかんな」
「な、なんでだよ‥俺は傷付けるようなこと‥」
「へなちょこすぎんだよ旭」
「知里さん、なんか言ってた‥」
「俺に聞くな。俺は、お前がちゃんと彼女の話聞いてやれっつってんの!」

バレー部のスガでも学校生活でもない普段のスガが、声を荒げて怒るなんてことを見たことがなかったから、驚いて階段からお尻が一段落ちてしまった。なんでそんなこと言うんだ。スガには関係ないだろと言うところで口籠る。‥本当に悔しそうに唇を噛む彼の姿が、本気で知里さんのことを想っているんだと分かった。

逃げるなんてことはしない、相手にぶつかっていこうとするスガ。対して俺はすぐにやめておこうとか、無理なんだからとか、そういうことを考えてしまう。‥でも本当に知里さんが俺のせいで泣いてたなら、なんで。

「‥知里は俺じゃ駄目なんだよ」

噛んでいた唇をゆっくり離して、はっきりとした口調で一言そう言った。スガで駄目なら俺も駄目なんじゃ‥そう言おうとしてやめた。多分スガに滅茶苦茶怒られる。少しだけ笑ったような顔がとても悲しそうだった。‥だけど、どこか清々しくも見える。

「‥スガも知里さんのこと」
「今更へなちょこにそんなこと言わせる気ねーし。でも、‥ずっとそうだったから。だから、知里には笑ってもらわねーと俺がしんどいの」
「‥俺が話聞いて大丈夫なの?」
「お前バカなの?いいからさっさとその繊細な心臓鍛えてこいっつーの。ほんとバカ。バカの極み。ムカつく」
「酷くない‥?いだだ!!」

はあ。盛大な溜息を吐いて、束ねていたお団子を思い切り引っ張られた。最近いつもヘアバンドだから、ヘアゴムそれだけしかないのに、それがぶちんと切れて地面にぽとりと落ちる。

「‥嫌われる要素とかそういうの、お前にない」

スガが独り言みたいに呟いた声は聞こえなかった。だけど、多分俺にとって悪いことじゃなかった気がする。すうっと立ち上がって、明日起きれなかったらやべーから寝るべ等と一言、中身のなくなったらしい空のスポドリを手にして俺に背を向ける。‥俺と違って真っ直ぐと伸びたそれが、無性に羨ましかった。

2018.05.26

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