「からかってなかったら、知里はどうするべ」

ぶくぶく。顔の下で空気の入った泡がたくさん出てきているのが見える。お風呂から上がったら、簡単に荷造りだけしておかないと、とか考えながら、頭の半分を菅原君に持っていかれてしまう。なんであんなこと言ったのって聞けるような勇気はないけれど、‥なんとなく、薄々と気付いてる。流石の私でも、これが自惚れとは思っていない。多分。私だって恋をしている側の人間なのだ。でもなんで、私なのかなとは思わずにいられないけど。

「‥知里先輩何かありました?」
「え‥?」
「いえ!気難しい顔をされていらっしゃいましたので!!私の思い違いでしたら今のは聞かなかったことに!!一度沈んで参ります!!」
「しっ!?沈まなくていいから!私こそごめん!」
「確かに来海さっきからずっと浮かない顔してる」

潔子ちゃんと、割とすぐに仲良くなれた仁花ちゃんと一緒にお風呂に入っていたことを一瞬忘れていた。それほどに考え込んでいたらしい。東峰君のことも、そしてそれ以上に菅原君のことも。‥私は東峰君のことを特別に思っている、からこそ菅原君には応えることができない。その、私が考えている通りだったらだけど。一応だけどまだ憶測だから。本人からちゃんと言われた訳じゃないから。

ちゃんと好きな人がいるから、「どうする」って言われた時だってきちんと答えることができた筈だった。でも、それが出来なかったのは、あんまりにも真剣な顔をしてた菅原君が、私の仲の良い友達で、もしもの場合にその関係が崩れるのが怖かったからだ。恋愛なんてものを今までしたことない癖に、その恋で友達関係が崩れるかも、なんて経験もなおのことしたことがない。正直に言っておくと、‥どうすることが一番いいのかが分からなかった。

「浮かない顔してる‥?」
「すごく」
「わ‥私でよければお力添えを‥ミジンコにも満たないパワーしかありませんが‥」
「ありがとう。その言葉だけで百人力だよ」

おろおろしていた仁花ちゃんの顔がぱあ、と明るくなって、「も、もしや差し出がましい真似を‥!?」と慌てながら今度はさあと青くなっていく。ころころと表情が変わって大変な女の子だなあ。でもそこがまた、可愛い。可愛くて頑張り屋で、そんな良い子がマネージャーとして入ってきたなんて、潔子ちゃんが卒業しても烏野バレー部はきっと安泰だ。

「次は長期合宿ですね‥公式試合前最後の合宿‥」
「なんとなくだけど、練習中の空気ずっとピリついてたよね」
「わ、‥私もなんとなく思ってました」
「大丈夫だよ。皆ただのバレー馬鹿なだけだから」

さらり。清々しい顔で言い放った潔子ちゃんは、うっとりとしてしまう程にかっこよかった。彼等を信じているが故の自信というやつなのかもしれない。仁花ちゃんと顔を合わせてにへらと笑っていると、「私も混ぜて」と間にそっと入ってきた潔子ちゃんと3人で笑い合う。そうしてからからと他校のマネージャーさん達が入ってきた音で、さらにその場は賑やかになった。












お風呂に入った後の夜風が涼しい。タオルを頭にかけたまま窓から顔を覗かせて、ぼんやりと夜の空を見上げる。仁花ちゃんと潔子ちゃんは、コーチや先生達とミーティングの為に出払っていて、部屋には私1人だ。冷えた頭で考えるのは、バレーボールに打ち込む皆のことだったり、私のこれからだったり、あの2人のことだったり。

「どうしよう‥」

溜息のように出た言葉は、ゆっくりと闇に溶けて消えていく。私の気持ちは、もしかすると蓋をした方がいいのかもしれないなと、なんとなくそう思ってしまった。例えば東峰君に好きだと伝えてしまった所で、きっと彼を困らせてしまうから。とても優しい彼は、きっとなんとも思っていなかったであろう私のことを、色々と考えすぎてしまうんじゃないかなって。じゃあ、菅原君のことは、‥どうしたらいいんだろうか。東峰君の言う通りにしたら、彼は喜ぶのかとか、菅原君は嬉しいのかとか。

‥いや、そんなのは何か違うんじゃないの?それじゃあただ私が卑怯な方向に逃げているだけ、では。同時に菅原君にも、きっと凄く凄く失礼なことをしている。

菅原君に泣き顔さえ見られなければ。黒尾君とあんな話しをしていなければ。‥東峰君の応援するよ、なんて言葉を聞かなければ。‥なんて。もう既に終わっていることに後悔するのは遅すぎる。彼が好きだと一言だけでも、言える勇気が私にあればいいのに。

2018.05.18

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