「落ち着け、なんで泣いてんだべ、」
「ごめ、な んでもないっ」
「なんでもない訳ないだろ、少し座ろう、話し聞くから」

そっと肩を取られて、一瞬私じゃない柔軟剤の匂いがした。自販機の奥に設置されてあったベンチに押し込まれた後、彼はその隣に腰を下ろして、私の背中をぽんぽんと叩く。合宿にお手伝いに来たっていうのに、やっぱりお荷物になったような気がして悲しいのと、それ以上に東峰君のさっきの言葉がとても悲しかった。好きな人に、そういう恋の応援みたいなのされると、‥本当に辛い。

「‥旭となんかあった?」
「ううん、違う、違うから」
「じゃあどうした?」

顔を覗き込んできた菅原君とばっちり目が合って、すんと鼻を鳴らす。‥言うべきか、言わないべきか。そもそも遊びに来ている訳じゃないから、こんなことを言うのは絶対に間違ってる。私、東峰君が好きで、そんな彼に他の男の子との恋を応援されて悲しい、だなんて。

「知里」
「菅原君、本当にだいじょうぶ、だから、」
「例えささいなことだったとしても、俺は知里が泣いてるの、放って置けないよ」
「‥」
「迷惑だなんてちっとも思わないから」

温かい温度が私の両手を包んで、ぎゅうと握りしめる。でも全然痛くなくて、なんとなく心が落ち着いた気がした。泣くと少し楽になるっていうことを聞いたことがあるけど、私の場合は菅原君が優しく声をかけてきたからだと思う。ぽろぽろと溢れていた涙が段々と乾いてきて、ぐしっと肩の袖を近付けて濡れた目元を拭った。

「あ、擦るなよ」
「ん"‥」
「大丈夫?」
「う"ん、」
「鼻声すげー」

にひひと笑った彼の顔に、私もちょっぴり笑った。そうして、何かを話すのを待ってくれているらしい菅原君が、ぱきぱきになった目元を指先でつつく。アイメイクなんてなんにもしてないけど、手が汚れちゃうよって言ったら、全然気にしないけどって言いながら何度も触れてきて、擽ったい。

「私、‥あの‥」
「うん」

何度か口籠って、やめようとしたけど、思い出すとじわりときそうになる。優しく撫でてくれる手が、彼ならきっと呆れることはないだろうと、なんとなく感じた。

「‥実は、‥‥あ、東峰君が好きで‥」
「‥‥うん、」
「‥なんだけど、東峰君じゃない人が好きだって思われちゃって‥応援するからって言われて。‥それが悲しかっただけ」
「そか‥」
「菅原君とお似合いだって‥言われて、」
「あンのひげちょこ‥」
「ごっごめん!迷惑なことを‥!!」

東峰君にぼそりと暴言を吐いて、ちょっと怒ってるような菅原君の背中になんとなく黒い影を感じる。菅原君とお似合いだって言われて、私だって心底嫌な訳じゃない。他の女の子だったらきっと嬉しいと思う。彼だって東峰君と同じくらい優しいし、周りから見てもきっと爽やかでかっこいいから。‥だけど、私はそうじゃないの。東峰君が特別になってしまったから。

「俺は迷惑じゃないけど、知里が迷惑してるべ」
「え、あ、いやっその」
「でも旭もあんなだからさ、知里がこのまま引っ込んでたらあいつもこのまま身を引いていくばっかりだよ。俺と知里をくっつけようとしてるのかは知らんけど」
「う‥それは‥でも、」
「‥駄目だったら本当に俺と付き合っちゃえばいいじゃん」

さっきより少しだけ手の力が込められて、ちょっとだけ熱い。何を急に、と思っていたら、思いの外真剣な顔をした菅原君が目の前に迫っていた。え、あれ、これなんかいつかのデジャヴなような‥。じっと見つめてくる瞳がなんだか怖いと思っていたら、前髪を隔てて、おでこに柔らかい何かが触れた。

「俺は知里のこと大好きだからさ」

柔らかいのが唇だったことに気付いた時、カッと顔が赤くなったのが分かった。と同時に、頭上から聞いたことのないような飛び切りの甘い声。頭が真っ白になって上を向けないでいると、深く息を吐く音と、小さな音で笑う声がした。‥あ、もしかしてこれ私からかわれたやつなんじゃないのか?

「す、菅原君私のこと、からかった、でしょ」
「‥からかってなかったら?」
「‥」
「からかってなかったら、知里はどうするべ」
「どうする、って‥」

そんなの、答えは一択に決まってる。それに、絶対からかってるだけだし。‥だけど、菅原君の心臓の音が届いているような気がしてならなくて、ほんの少しだけ心がゆらゆらと揺れた。

2018.05.13

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