「あ‥東峰く‥」
「あ、いや、」
「なんだ、また自販機組か」

どうしよう、今の聞いてた?烏野バレー部に好きな人がいるの?っていう話。いや黒尾君、それはホントに下世話すぎる。でもそんなことを言える訳はなくて、何を言うべきか分からないままでいると、今度は東峰君とぐだぐだと喋り始めていた。助かったような、助かってないような。

大きい2人がいると、何処と無くいる場所がなくてつい縮こまってしまう。会話の内容をこっそり聞いていると、大半がバレーボールのことで、ちょこっとだけ潔子ちゃんのこと。他校でも人気なんだなあと思っていたら、どうやらモヒカンさんが潔子ちゃんの大ファン(?)らしかった。まあ、そりゃああの美貌だ。ファンがいるのも頷ける。

「あー‥っと、俺そろそろ部屋戻ろ。お2人さんは?」
「俺はもうちょっといようかな」
「あ、わ、‥私も‥」
「そ?じゃー俺はお先に。あーあと知里さん、変なこと言ってごめんな」
「いっ‥!」
「ごゆっくりドウゾ〜」

にたにた。‥と、私には笑っているように見えた。そもそもの黒尾さんの顔付きが原因なのか、私がびびりすぎていたのが原因なのか。‥いや、前者だと大変失礼になるので考えるのをやめておこう。黒尾さんの去った後、妙な窮屈感はなくなったけれど、その代わりに変な緊張感に襲われた。東峰君と2人きりになるのは随分久しぶりだから、えっと、つまり‥恥ずかしい。甘いりんごジュースが喉にべたべた張り付いて少し咳込んでいると、隣でごそりと動いた音がした。

「あ、‥なんか、こうやって2人なの、久しぶりだね」
「そう、だね」

私と同じことを考えていたらしい東峰君が、へにゃっと苦笑いした。眉を垂れさせて、口の端を少し歪めて、下手くそに笑う。さっきの話、私は黒尾君に相槌を打ってないから大丈夫だよね?はいともいいえとも言ってないから。‥言ってないのに、ついぴたりと合った視線も逸らせてしまって、自ずと気不味くなってくる。

「‥知里さん、バレー部に好きな人いたの‥?」

びくりと背中が震えた。なんて言うべきなのかが良いのかわからなくて、左に首を曲げる。必死に言葉を探して唸っていると、そっかあと一言。なんとなく状況を察したらしい彼が、何かを諦めたように溜息を吐いた。多分、私がなんにも言わないから、この話を止めようとしたんだと、そう思った。‥のに。

「スガとか、お似合いだもんなあ‥」
「へっ‥?」
「スガは優しいし、凄く良い奴だし」
「待っ‥ちょっと待って、」
「応援するよ、俺」

100M、いやそれ以上の高さから、大きな盥を落とされたような気分だった。東峰君が、応援するって言った。何故か私と菅原君を。何故か私が菅原君を好きだと思って。嬉しそうに応援するって言った。ねえちょっと待ってよ。私は、私が好きなのは目の前の貴方なのに。ちっとも傷付いてない顔を晒して、俺に出来ることは協力するからって1トーン上がったような声が耳に木霊した。

「‥前にした約束、迷惑だったよね。知里さん優しいから、俺気付かなくて。‥ごめんな」

2人でどこかに行くって約束のこと?そんな、私、凄く楽しみにしてたのに、なんで。もやもやとする頭の中で、つい口からいろんなことが溢れそうになったけれど、ぐっと堪えて耐えた。‥もしかしたら、東峰君がこの間そう誘ってくれたのも、その時の気の迷いというか、その時のノリだったのかもしれないから。いやでもその時のノリとか、東峰君らしくないけど。

きゅ、と少し強めに握ったパックのストローから、じわりと滲んだ液体が手に落ちた。なんて返したらいいか分からない。こちらこそごめんね、なんていうのは違う。体の中がもぞもぞして気持ち悪い。はっきり言えればいいのに。私がちゃんと言えたら、いいことだって分かってるのに。

私が東峰君を好きだってことを、その本人に否定されちゃったりなんかしたら。

「迷惑‥なんて、そんなこと私は、」
「旭ー大地探してたぞー」
「おお、スガ‥‥じゃあ、その‥頑張ってな」

大きな掌が柔らかく頭の上に乗ったと思ったら、一瞬のうちに離されて、東峰君の姿も既に菅原君の向こう側だった。頑張ってって、一体何を頑張ればいいの?東峰君は、私と菅原君が付き合えばいいなってそう思ってるってこと?

「なんだよー、知里もいたのか。2人で何喋っ‥‥て、知里‥‥どした‥?」

驚いた菅原君の顔が見えない。目の前がぐにゃぐにゃに歪んできて、ぐしゃぐしゃになった画像が全部モザイクになったみたい。‥ああ、こういうのも漫画で読んだことがあるなあ。でも、最後ってハッピーエンドだったっけ?

2018.05.07

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