「潔子ちゃん、飲み物買いに行くけど一緒に行かない?」
「あ、ごめん、私まだやることあって」
「ううん、大丈夫、そうだよね、頑張って!」

ちぇー残念。しょうがないから1人で行こうっと。潔子ちゃんに手を振って、自販機が設備してある場所へ向かう。全部終わってしまった今日、1回目の遠征は明日で一旦終わり。あとは、夏休みに入ってすぐにある、1週間という長い遠征を残すのみだ。‥それにしても、男の子って本当によく食べるんだなあ。用意していた大量のご飯、キレイに全部なくなっちゃうだなんて思わなかった。明日は用意するのは朝ご飯だけでいいけど、長期遠征のご飯ってどれだけ用意したらいいんだろう‥。

「お、烏野の‥メシ係さんだっけ?」
「めっ‥」

オレンジジュースが飲みたい気分かなあ、なんて思っていたところに、黒いつんつん頭が見えて足を止めると、私の存在にいち早く気付いた瞳がこちらを向いた。こんなにたくさんいる他校の部員を全員覚えられる訳なんてなくて、取り敢えず小さく会釈をするとそっと自販機に近寄った。名前なんて(多分)知らないのに、誰だっけ誰だっけと頭の中をぐるぐるとさせる。そもそもどこの高校の人なのかも覚えてない。‥むしろいたっけ、こんな人。

「どーも音駒の黒尾です」
「ねこま‥」
「モヒカンがいる高校な」

音駒。‥って、ああこの人!前も練習試合した!ということは、モヒカンっていうのは以前潔子ちゃんの美貌に苦しめられていた人‥かな。駄目だ、モヒカンの人とプリン頭の人がいたっていうことしか覚えていない‥。

「前もいたよな、確か」
「ぇあ、音駒さんとお会いするのは2回目です、‥あの、知里と言いまして‥」
「あーごめんごめん名前わかんなくてさ。山本がバカみたいに食ってたから引いたろ」
「いえ!あの、たくさん食べるということはいいことですよね‥!」
「まあすげー美味かったからだろうけどな。次も来んの?」
「その予定、です‥」
「へー頼もしいなー」

あ、何飲むつもりだったっけ。オレンジジュースだっけ、りんごジュースだっけ。ボタンを押すのを迷って手がぴたりと止まっている横で、小さく笑う声が聞こえた。何が笑う要素だったか全く分からないし、そもそも私に対して笑っている訳じゃないかもしれないから反応しないでおこうと思っていると、「なに」と、声が聞こえた。

「へ‥」
「そんなに迷うとこデスカ?」
「いやっ何飲みたかったか忘れちゃって‥」
「そんなことあんの?」

彼はぶひゃひゃと変わった声を上げて笑って、烏野はやっぱ面白えなあと一言。やっぱってどういうことなんだろう。確かに烏野は個性が強くて面白いけど‥って、私もその中の1人になっているということか。それ、なんか嬉しいなあ。

黒尾君は音駒の主将さんで、プリン頭の人の幼馴染だそうだ。バレーを始めたのは小学校から。烏野とは顧問の先生達同士で縁があって、こうやって一緒に練習試合をするようになったらしい。見てくれは私が苦手な感じの人かと思っていたけど、案外喋りやすい人だった。第一印象の胡散臭いようなイメージは全くない(失礼だから絶対言わない)。

「つーか知里さんはマネージャーじゃねえのになんでわざわざお手伝いなんかやろうと思ったの?」
「えっ」
「だって連休だろ。遊びたいとか色々あんじゃん」

色々あんじゃん?‥そうなのかな。帰宅部だから、遊ぼうと思えばいつだって遊べるよ。むしろ、連休と言ったって大概お家でのんびりしてる方だし、‥そりゃあ誘われれば喜んで遊びに行くけど、今はバレー部のお手伝いしてる方が楽しいんだもん。でもそれはもちろん、東峰君がいるからっていうのが第1に含まれている。いやいやでも流石にそんなことは言えるわけがない。頭をぶんぶんと振って、りんごジュースとオレンジジュースのボタンを両の指で同時に押した。

「下世話すぎるけどさ」

出てこないし。と、もう1回同時に押してみようかとボタンに触れた瞬間だった。

「烏野バレー部に好きな人でもいるとか」

半分からかうみたいな声に、がこんと何かが落ちてきた音がした。あ、そうだ私オレンジジュースが飲みたいんだったと思い出してももう遅い。一瞬点灯したランプは、りんごジュースのボタンだった。‥いやちょっと待った。その前に今、黒尾君なんて言った?くるりと後ろを振り向いて様子を伺ってみると、黒尾君の笑い顔の後ろに、目を少しだけ丸くさせた東峰君の姿が私の瞳に映っている。一体いつから、そこに。

2018.04.30

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