「暑いから水浴びだなんて風邪引くよ!?もう!」
「知里、髪の毛タオルで乾かして〜」
「自分でしなさいはいタオル。澤村君も東峰君も」
「サンキュー。後で田中達にも持ってってやって」
「やっぱり一緒に濡れたんだ‥っわ、」

ぽんとタオルを手渡されて御礼を言うはずだった口は、瞬時に思い切り閉じてしまった。ぶーぶーと知里さんに甘えようとしていたスガが、彼女の手首を捕まえておもむろに自分の頭の上に乗せたのだ。‥ずるい、スガはずるい。そうやって、女の子と自然に接する方法を知っているんだから。俺も、もっとこう積極的に行けたらとは思うけど、そんなことをしたらもしかしたら引かれてしまうかもしれないと考えると中々一歩が出ない。喋りたいのに、‥タイミングがどうも掴めない。

「ねーお願い拭いてー」
「もー菅原君、私まだご飯の準備してるから‥」
「知里さん〜、あときゅうりとかの盛り付けだけでしょ〜?やっとくやっとく〜」
「あーもう疲れた!ごめんね遅くなってー。‥って赤葦!木兎置いてどこ行ってたのよ、もうちょーめんどくさかったんだから!」
「おーめっちゃ良い匂い!!」

ぞくぞくと食堂に入ってくるのは、ほとんどのゲームで勝ち越している梟谷のメンバーだった。まだ少し夕飯の時間には早いけれど、部活を終えたすぐ後の男子高校生なのだ。腹なんてぺこぺこに決まっている。

「知里さん、俺も手伝うよ」
「だっ!?ダメダメダメ!!東峰君絶対疲れてるもん!それに、あの、日向君とぶつかった時のあれ、本当に大丈夫だったの!?」
「えっ、あーー‥見てた‥?」
「見てたよ!ばっちり!」
「その、‥怪我はないから。大丈夫」

怪我がないのは本当だ。だけど、それと同時に思い出した焦る気持ち。日向に食われるかもしれないという少しの恐怖。このずぶ濡れは、そんな俺の焦りを少し冷まそうとしたスガのせいだった。練習試合中、ぴりぴりとしていた空気を緩ませようとして、ペナルティ後に悪ふざけした行為だったと思う。‥だけど、俺の焦りは多分、全員が感じていることだ。ぎゅっと握った拳を背中に隠して笑うことしかできない。

「‥東峰君、」
「知里〜、頭冷たいな〜」
「菅原く、‥もう‥」

俺を呼んだ声は、スガに盗られてしまった。そうして困ったように笑って、くしゃりと髪の毛を撫でている。それを目にするのがちょっとだけ嫌になって、梟谷のマネージャーさんが食堂の台所に行く背中を追った。良い匂いの漂う野菜スープの匂いは、前の合宿でも覚えがある。美味しかったから。‥知里さんが作ってくれた物だから。

「あの、‥顔怖いですよ〜‥?」
「うわ、っあ、すみません元々その‥よく言われるんで‥」
「知里さんって一緒にいると雰囲気が和みますよねえ」
「‥俺は、」
「?」
「いや、なんでもない、‥です‥」

一体何を言おうとしたんだ。俺は、一緒にいるとドキドキします、なんて。予め切られていたきゅうりやトマトを盛り付けたり、薄焼き卵を乗せたり。出来たものを机に運んでいけば、冷やし中華!だとか、めっちゃ美味そうなんだけどおかわりアリかな?とか、色んな声が所々で上がる。ちらりと知里さんの様子を伺うように視線を向けると、困ったように笑っていた顔から、スガとの談笑でおかしそうに笑っていた。‥あんな風にナチュラルに距離を縮められるスガが、羨ましい。

「あの人、副主将さんでしたっけ〜」
「スガ?ですかね、」
「そうそう。なんかすっごい仲良いですよね〜、付き合ってるんですか?部内恋愛?あ、マネージャーじゃなかったですね」
「‥‥‥え?」
「え?副主将さんと知里さん」

スガと知里さんが?いや、それは多分、ないと思う。そんなの聞いたことないし。‥いやいや、だって付き合ってたら流石に言うだろ。でも、梟谷のマネージャーさんにそう言われたら、なんだか付き合ってるように見えてしまう不思議。

「‥あれ、違いました?」
「違う、違いますよ‥‥」

多分、が、言えない。
違うって、言い切りたい。

手に持っていた冷やし中華用のタレが入った容器から、どぼどぼどぼと音を立てていることに気付いた時には、中身が台所のシンクに流れていた。へなちょこはごめんだって、ちゃんと思ってる。‥思ってるのに、結局はこのザマだ。

2018.04.22

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