前回の音駒高校との練習試合でもそうだったけど、本日も見事なまでにほぼ全敗の烏野高校。なんだか見ているこっちまで可哀想になってきちゃうなと、冷やし中華用の薄焼き卵を用意しながらぼんやりと考えていた。そもそも可哀想だなんて思うのはお門違いかもしれないけれど、あんなに強くて凄いスパイカーがいても、天才と言われるセッターがいても勝てないのだ。‥私はまだバレーのことを何にも知らないんだなあと、溜息しか吐くことができない。当たり前なんだけど、当たり前なだけに。

東峰君に声をかけたかったなあ‥。日向君ももちろんだけど、本当に怪我がなかったのかが心配だった。でも、すぐに練習試合も再開してしまったし、私は私でご飯の用意をしなきゃいけないから抜けないといけなかったし。‥後で聞きにいけたら行こう。いや、絶対行こう!!

「知里さんすごーい、薄焼き卵めっちゃ上手ー」

隣で花が咲いたような声に、思わずひゅうと息を吸い込んだ。振り向いてすぐ誰だったっけ‥と、他校とのマネージャーさん達で自己紹介をした時の記憶を遡る。ほんわりした可愛い系の彼女は、‥確か東京の梟谷のマネージャーさん。‥名前は確か、白福さん、‥の方だったはずだ。

「あ‥えと、どうかしました?夕飯はまだですけど‥」
「今日の夕ご飯何かなーって思って。皆もう自主練入ってるし、よかったらなんか手伝うよー?」
「ありがとうございます。でも、‥お仕事まだあるんじゃ‥?」
「マネージャー業はもう終わってるから大丈夫ー。1人で全員分大変でしょー?もうすぐ皆も来ると思うよ〜」

何したらいい?と腕捲りをした白福さんに、いや、大丈夫ですと言ってみても全く効果はなかった。私はご飯を作ることしか任されていないから、皆より疲れていることなんて絶対ない。部員の人達はもちろん、マネージャーがなにかしら動いていたのは見ていて分かっているし、疲れているのにそんなことはさせられない。させたくない。本当に大丈夫ですから、そう言いながらメニューを覗き込んでくる白福さんの肩を押す。同時に、ぐぎゅるると盛大な音が聞こえた。

「‥え、あ、‥もしかしてお腹空いてます‥?」
「ごめん〜‥良い匂いには勝てないみたい‥」

お腹に手を当てて、にへっと笑ったと思ったら、ちらりと薄焼き卵を盗み見た。分かりやすい熱視線に、なにか食べたいのかなと思って、そういえばお米が少し残ってたということを思い出す。こっそり握ってあげようかなあ。薄焼き卵を細かく切って、マヨネーズと和えた即席マヨ卵。果たして美味しいかのかは分からないけど、腹の足しにはなる筈だ。

「よかったら」
「え〜、いいよ、‥いいの?」

いいよって言っておいて、数秒後にいいの?と首を傾げてきた白福さんは、きらきらした目で軽く握ったおにぎりを見つめている。別にすぐに食べなくてもいいからとちょっぴり強めに押し付けてみたら、嬉しそうに受け取ってくれた。

「‥何やってるんですか白福さん」
「あ〜赤葦〜」
「雀田さんが木兎さんに捕まってましたよ。今隠したのなんですか」
「えへへ。お腹の音聞かれちゃってさあ、そしたら知里さんがおにぎり握ってくれて」
「知里さん?」

目の前に現れた、イマイチ何を考えているのか読めないような顔付き。烏野バレー部にはいないようなタイプの人だ。確か梟谷の人‥ということしか思い出せない。私を指差した白福さんの先を追って、アカアシさんと呼ばれた人とばっちり目が合った。あ、今、この人誰だろうって顔された。‥自己紹介なんてしてないから当たり前か。

「え、‥えと!烏野のマネ‥や、お手伝い‥?ご飯の仕度をしに‥あの‥」
「ああ、菅原さんが言ってた人ですね。合宿中のご飯作るの手伝いにきてくれてる子がいるって」
「うぇ、あッはい、不束者でして、知里です、すみませんっ」
「梟谷2年の赤葦です。何か迷惑があれば仰ってくださいね」
「どういう意味よ〜」
「いてっ」

薄くほんのりとだけ笑った彼に、律儀にぺこりと頭を下げられて私も慌てて頭を低くした。凄いしっかりしてる2年生だなあと思っていたら、奥の方からガヤガヤと聞こえてくる賑やかな声。その中に、聞き慣れた声も、ドキドキしてしまう優しい声も聞こえる。‥3番目に聞こえてきた声、東峰君だ。もしかしたら、一旦個人練切り上げてきたのかな。そう思ったらうずうずしてしまって、2人の会話なんて全く耳に入ってこない。

「‥知里さん、なんか急いでる?」
「えあっ、いや、ぜんぜんっ」
「あ‥あれ?なんだよ梟谷め、つまみ食いか?」
「違いますよ」

ぱたんと開いた扉から見えた、澤村君と菅原君のその後ろ。汗なのか頭から水を被ったのか、どちらにしろ随分と濡れたような姿に、テーブルに置いていた自分のタオルを手に取った。風邪引くよって言おうと思ったけど‥あれ、そういえば3人とも濡れてるじゃん。何やってたんだろ。

2018.04.22

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