寝る、と思っていたけど寝れなくて、その代わりにこてんと隣ですやすや寝息を立て始めたのは俺じゃなくて知里さんだった。うわ、これ俺やばい?何が?何がやばいか分かんないけどとりあえずやばい。ふわっと良い匂いがしたのは髪の毛か、はたまた彼女自身の匂いなのか。‥いかん。煩悩退散。俺はエースだ、集中しなければ未来はない。‥と混乱して意味不明なことを考えていると、前の席から視線を感じた。

‥2つの席の間から黒い目が覗き込んで見てる。

「!?ひぃい‥!?」
「席代わるならいつでもオッケーだからな‥」
「そんな顔で言うことじゃなくない!?」
「煩い。今夜中。隣寝てる」

ぴしゃりと言い放った大地に思わず口を閉じて、そっと知里さんを盗み見てみる。‥よかった、何事もなく寝ている。もそりと動いた拍子に、寒くないようにと起きないようにこっそりかけた俺の上着がずり落ちそうになって慌てて受け止めた。

「スガも前向いときなさいよ」
「うい‥」
「こら、むすっとしない」

スガは随分と知里さんを気にしているんだなあ。渋々と前を向いたスガは、そのままこちらをこっそり覗き見るようなことはなかったけれど、なんだか随分とご執心だった。なんでだろうなあ‥そんなに知里さんの隣がよかったんだろうか。俺も棚からぼた餅的状況だったとは言え、知里さんと隣同士に座れたのはとても嬉しいけども。

「んぬぅ‥」

不思議な呻き声みたいな音を出してもそりと動いた知里さんの体温を右半身に感じる。なんの夢を見ているんだろうか。‥あの時の、試合に負けた夢じゃないといい。いやもしもその夢を見ていたとしても、今度は現実にさせるつもりはない。俺達3人にとっては高校生活最後の試合、今の仲間達と一緒にやれる最後の試合。‥そんな最後であろう青春にプラスされた隣の女の子の存在。

優しくて頑張り屋で、何事も真っ直ぐに取り組んでくれる。いつから気になっていたのかなんて分からないし、もしかしたらスガが可愛い子いるって言ってた時からかもしれない。分からないけど、好きだと思ってしまったら、もうあとは恋という沼にそのまま呑まれていくだけだ。

「‥!」

色々と考え込んでいると、少し冷えていた掌の上にほかほかと暖かくて小さい、彼女の掌が乗った。寝ているし無意識だろうし、自分のそれに乗っている掌をそっと外せばいいことなんだろうけど、なんだかそれはとても名残惜しかった。でも、こんなまるで側から見たら「え?お前らなんなの?付き合ってんの?」って言われそうな状況を作ってしまったら、迷惑をかけてしまうのはもちろん知里さんの方なのだ。‥でも、離したく、ないなあ‥。

そうだ。

ぽん、と思いついて、彼女にかけていた俺の上着を少しだけ俺の手に伸ばした。触れ合っている掌を隠すようにそっとかけて、ほっと安心して息をつく。これできっと周りにはバレないし、不自然な所はない、と思う。ちらりと隣をまた確かめて、やっぱりすやすやと眠る知里さんを見たら、どうにもドキドキと心臓が煩くてしょうがなかった。

「旭、ちゃんと寝とけよ。向こうについてすぐ寝る時間なんてないんだからな」
「お、おう、分かってる、」

いきなり聞こえてきた前からの声に驚いて、上着の下で隠れていた手が見えているわけもないのにびくりと震えた。どうやら大地の隣のスガは、いつの間にか頭を大地の肩に思い切り預けて寝ているようだ。‥いや、そういえば待てよ。こそこそと手を触れ合わせたりして、俺は変態みたいじゃないか。どうしようか、離した方がいいか、やっぱり‥。

そろり。手を離そうと試みた瞬間だった。きゅう、と握り締めたような感覚が伝わったのだ。え、なんて頭が真っ白になると同時に、前の座席のスガと同じくことんと俺の肩に落ちてきた知里さんの頭。起きた!?なんて吃驚したついでに、小さな音で聞こえてきた声。むにゃむにゃと聞き取り辛くて最初は分からなかった。‥けど。

「‥‥ぁ ず、まねくん‥‥」

夢に、俺が出てきてた?ぼひゅっと頭から噴火して、じわじわじわと赤に塗り潰される。なにそれ、‥凄い可愛いんだけど、‥なんだよそれ。無意識って‥時に残酷だよなあ‥。握られた手を握り返して、心の中で数字を唱えてみる。もちろん大地のちゃんと寝とけよっていう忠告は、全く意味のないものになってしまった。

2018.03.10

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