前よりも随分と練習に熱が入るようになったような気がする。体育館に響く音も熱気も数ヶ月前とはかなり違っていた。特に俺達3年は春高まで部活を続けることを決めたから、春高に全てをかけていると言っても過言ではない。今やらないでいつやるというのだ。まさに今しかない。‥俺達にはもう、今しかないから。

「そういや大地、知里に聞いたんだっけ?」
「ああ。オッケー貰えたよ、行くってさ」
「おおー、清水も喜ぶな〜!」
「谷地さんも仲良くできるといいんだけど」
「いやいや知里なら大丈夫だべ」

ごくりとスポーツドリンクを飲み込んだ瞬間、休憩していた大地とスガから思いもよらぬ発言が飛んできた。‥知里さんにオッケーが貰えた?行くってさ?どこに。どこにだろう。まさか彼女と遊ぶ予定を立てていたのだろうか、俺を置いて2人で。‥いや待て、清水も喜ぶと言っていたし、谷っちゃんも仲良くできるといいなんて言ってたな。清水は有り得るとして何故そこで谷っちゃんが出てくるのか。スクイズボトルがパコンと音を立てて潰れるような音がして、その瞬間に2人がこちらを向いた。

「ゲ、旭何やってんの、顔怖いんですけど」
「え、あ、いや‥なんの話をしているのかと‥」
「ああ。東京遠征の話な」
「コーチも武田先生も知里の仕事ぶりには脱帽してたみたいでさ、で、大地が声かけたら来るって」
「え、嘘、ホント?」

突如舞い込んできた吉報に、今度はスクイズボトルの中身がぷぎゅると飛び出した。ぼたぼたと落ちる液体に大地が怒っていたけれど、ごめん今はそんな余裕ない、ない。‥いや、ちゃんと拭くからほんとにちょっと待って。ついでにスガが子供みたいなことすんなよー、なんてどしっと腰にアタックを食らわせてきた。結構痛い。

知里さんとは試合後に会った以来全く話せていなかった。クラスも違うし、俺がなんとなく会うのを躊躇っていたから。‥嫌いになったとかそういうことではないし、むしろ俺の情けない姿を見せてしまったから逆に嫌われてしまったかもしれない、とか。‥まあ色々考えていたのだ。そもそも知里さんが俺にどういう感情を持っているのかなんていうことは分からないけど。

「今回は他校生も多いし、何かとフォローが必要になるかもしれない。清水にも話すけど、俺らもフォローできるようにしておこう」
「意外と頑張っちゃうとこあるしな〜」
「え、合宿全日程参加するの‥?」
「そのつもりで俺は言ってるけど?」

しらっと普通に答える大地は、それよりお前は早く床を拭けと視線で促してくる。本格的に怒りのサインを送られる前に持っていたタオルでちょいちょいと水分を拭き取りながらごくりと息を飲み込んだ。来るんだ。知里さん、‥来てくれるんだ。考えるだけで口の端がゆるゆると崩れていくのが分かったけど、そんな顔を2人には見せられない。ごしごしと腕で顔を拭ってから頭を上げると、その2人の間には清水と谷っちゃんの姿が増えていた。

「来海、また来てくれるの?」
「おお、丁度良かった2人とも」
「?」
「清水が言った通り、今回も知里が来てくれるらしいぞ」
「やった、」
「??」

困惑顔を浮かべながらボールをぎゅうと抱きしめる谷っちゃんは今回が初合宿だ。そもそもまだ入って間も無いけれど、日向のお陰もありというか既に部に溶け込みつつある。日向の、というか赤点テストのお陰‥いや、それは考えないことにしておこう。清水はやっぱりとても嬉しそうで、あとで連絡しておくと大地から受け取った日程表を見て笑顔を向けている。‥連絡か。そういえば、教えてもらった連絡先もほとんど活用されていなかったな。‥本当は凄く会いたいし声を聞きたいのに、ちょっとの勇気も出ない自分に嫌気がさした。どうしたらいい。‥どうしたら。

「清水、知里さんに連絡って俺がしてもいい?」

ぐん、とその場に立って、猫背の背中をぴんと張る。そうして驚く程すらりと言えた言葉に吃驚していたのは自分よりも周りの方だ。え、いい、けど。吃り気味に放たれた声はどこか楽しそうなものだったけれど、もっと目に付いたのはスガの拍子抜けしたような真ん丸く開かれた目の大きさだ。そんなに率先的な奴じゃないっていうのは俺が1番分かってる。だからこそ、俺の足だって少し震えている。それでもヘナチョコなんて言われるのは、‥もう正直ごめんだ。

2018.02.13

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