朱袮から音沙汰がない。それどころか、お昼の番組でも夕方の番組でも多々短い時間で"アカネ、純愛のお相手は?"と同じ話題を取り上げられるようになってしまっている。いやいや、純愛とかそんなの少しもないんですけどというツッコミは何度すればいいのか。お陰でテレビが嫌いになりそうな気がする。‥そもそもここは私の部屋ではないんだけれど。

「ただいま」
「あ、お帰りなさい」
「今日丸1日店だったよな。お疲れ」
「繋心さんもお疲れ様でした」

ばちん。がちゃり。違うチャンネルに変えて数分後、この部屋の主が帰ってきたらしい音に振り向いた。1人で住むには少し広めの繋心さんの部屋に私は泊まり込んでいる。空き部屋もあったらしいけれど、私の事情を知った叔母さん達は付き合っているということを知るなりいいんじゃないかとそのまま私を繋心さんの部屋に押し込んだのだ。そもそも空き部屋も小さくて物置だし、だと言っていた。‥あからさまににこにこしていた顔は忘れることにしておこう。

「飯食った?」
「先に食べちゃいました」
「じゃあ俺も食ってくるわ。あとでちょっと付き合ってな」
「お酒ですか?」
「おう」

しょうがないなあ。しょうがないなんて少しも思ってないけど。ふわあ、なんて大きな欠伸をする彼は早朝も昼も働いて、夕方から夜にかけてはバレーの指導に明け暮れているそうだ。一緒に生活しないと分からなかった情報は、彼のことをさらに好きになってしまった理由になっている。やっぱり真面目だなあ。そうして、全てに対して真っ直ぐで淀みがない。

ノートパソコンを操作しながらおたまじゃくしを並べてヘッドホンを付け直す。いかんいかん、明日までにはデモ音源完成させなきゃいけないんだ。‥そう、明日。明日朱袮に渡すデモ音源を‥いや、なのに連絡が来ないってどういうことだ!ふらふらと逃げられているような気がしてならないが、一体奴は何を考えているんだろうか。確かに仕事のことで連絡したわけじゃない。けど、‥けどだ。

「はあ〜‥‥」

ぽち、ぽち。タイピングして音が出る度に溜息が出た。‥本気で仕事を放棄してやろうか。朱袮のプロデュースしている某アイドルグループの曲を作るように頼まれたが、ようはゴーストライターとしてやっているのだ。別にお金はきちんと貰えるし嫌じゃなかったんだけど、嫌なことがあると嫌にはなってくるもので。‥ああ、やる気が水に流れていく‥。

「生きてるかー」
「ひえッ」

ひやり。頬っぺたに冷たい何かが触れて飛び上がった。そうして飛び上がると同時にいたずらに笑う繋心さんの顔が見えてヘッドホンを外した。自分の世界に入ってて気付かなかったけれど、‥もう食べ終わったらしい。手には2つのビール缶と、さきいか、チーズおかき。

「店と飯の時以外部屋に篭ってたんだろ?息抜き息抜き」
「はーい‥」

手に持たされたビールに、カコンと彼のビールが当たって乾杯の合図が鳴る。私の隣に座り込んでテレビを見るなり、わははと大きな笑い声が聞こえた。‥あ、このバラエティー好きなやつだ。放送してたことに全然気付かなかった‥。

「ゆかり、唇に泡ついてる」
「‥もう騙されませんよ」
「半分嘘、半分本当」
「好きな時にしていいのに」
「まあ、なあ‥」

じゃあ、私からしますね。そう言ったら少しだけたじろいだ繋心さんは、性に合わねえと一言零してぱくりとかぶりついてきた。‥嫌なことを全部忘れてしまえるような、とろりととけるようなキス。お酒が入った彼はなんだかキスも深くて、積極的だ。何かあったのかな‥いや、もしかしたら私の所為なのかもしれない。それを聞くにはほんの少しだけ怖くて、物凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

2018.02.11

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