『今どこいる?』
「い、今は自分の家に‥」
『そのアカネって奴は?』
「ライブで、いないです‥」
『分かった。取り敢えずゆかり、一旦うちにいろ』
「‥はい‥‥へ?」
『もしかしたら顔もバレるかもしんねーだろ、テレビとかなんか来ちまったら大変なんじゃねーの。多分‥うちだったら分かんねえよな?疑ってるわけじゃねえけど‥色々心配だし、いやだから疑ってるわけじゃねえぞ?』

あ‥あれ‥?なんか考えていたことと違う、全然違う‥。繋心さんの忙しない言葉の数々に困惑する私の隣では怜奈がくふくふと頬っぺたに空気を入れてニヤニヤしていた。な、なんで人の電話に聞き耳立ててんの。いや、それよりもだ。私といた方が絶対に面倒臭い確立が上がってしまうのに、繋心さんはそんなリスクを承知の上で坂ノ下に来いって言ってるの?

「なんで、‥距離置きたいとか、そういうの何も思わないんですか、」
『‥なに、距離置きてえの?』
「違います!違うけど‥でも繋心さん、‥や、それどころか、おばさん達にも迷惑かけるかもしれないですよ‥」
『かければ?』
「へっ‥」
『こっちは迷惑なんて微塵も思っちゃいねーよ』

え、あ‥?そうなんだ‥?けろりとした言葉はあまりにも普通で、云々と悩んでいた自分がむしろ馬鹿みたいに思ってしまう。でも、でも。‥そんな煮え切らない私に対して痺れを切らしたのは隣にいた怜奈だった。ぱしりと私からiPhoneを奪い取ると、いつもの元気な声で繋心さんに話しかけ始めたのだ。

「もしもしコーチさんですか!」
『は?お、おう‥?って誰だよ!』
「ゆかりの友達です!助かります〜!是非そうしてください、よろしくお願いしまーす!」
『え、いや、どうも‥』

なにやってんのコイツ!ぽかんとしている私をちらりと見て、これでどうだ逃げられないぞ!とでも言いたげに舌を出して笑った。‥こういう時、天真爛漫でなんでも素直なタイプの人間にはだいぶ救われる。そうしてiPhoneを渡された後に、ちょっとお菓子買ってくる!と珍しく空気を読んだ彼女は、財布を掴むと軽い足取りで私の部屋から出て行ってしまった。

「ごめんなさい急に‥あの子いつもあんな感じなんで気にしないで‥」
『いや、全然。つかゆかりあんな愉快な友達いんの?意外だな、後でお礼言っといて』
「だいぶ煩かったですよね‥」
『けど、ちょっと安心した』
「繋心さん」
『ん?』
「すみません、‥ちょっとの間、お世話になってもいい、んですか‥?」
『大歓迎。部活終わったら迎え行くから、準備だけちゃんとしとけよ』

心が少しだけ軽くなったような気がする。そうして数分後、もう部活だからと一旦電話を切って大きく深呼吸をするともう一度朱袮の電話番号を開いた。‥今度こそ出てくれないだろうかとボタンを押したが、コールが途中で切れることはなくて電源を落とす。売れっ子の彼のことだ、きっと忙しいのかもしれない。もう一度電源をつけてすいすいと文字を入力して、ラインだけ送信をすると布団にiPhoneを投げ捨てた。

"朱袮、ニュースのこと話したいから電話して"

取り敢えず朱袮からは電話が来るのを待つしかない。心の拠り所とばかりに繋心さんの電話番号をぼんやり眺めていると、ぱたぱたと怜奈が戻ってくるような足音がしたが、中々扉のベルはならなかった。直後に「はー参った‥」という独り言。その声にどきりとして布団から飛び上がってしまう。まさか‥と思ったのも束の間、今度こそ聞き慣れたベルが鳴った。‥どうやら聞く話によると、自分自身のファンに追いかけ回されていたらしい。

「多分撒いた!だいじょぶ!」
「‥‥」

‥そうだった、怜奈も一応人気バンドのドラマーだったっけ。てへぺろを繰り出す彼女の顔を見て、繋心さんの言葉を伝える前に殴りたくなった。

2018.01.30

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