「‥あのさ」
「‥‥なに」

仕事は大好きだ。そりゃあ趣味が仕事に延長したようなものだし、趣味が仕事に延長すると嫌いになると言う人もいるけれど私は違う。‥だけど今だけはそうは思えなかった。目の前で光るネットニュースでは顔こそ見えない私の姿と朱袮の姿が一緒に歩いている画像が鮮明に映っている。

「‥これゆかりだよね‥?」

困惑したような怜奈の顔が覗き込んできて溜息を吐いた。‥ほら、だからやだったんだよ。大体この画像だっていつの画像だっていうんだ、今までだって幾らでもそんな画像撮れただろうに。あの居酒屋でのことが女の子のSNSで拡散されたのだろう。そこから勝手に膨れ上がった記者の欲望が爆発して、色んな画像を漁られた末の良い1枚って感じだ。見たくない画像のリツイートの数が眼に浮かぶ。‥‥最悪だ。

「ホントに付き合ってるの?アカネさんと?」
「‥言っとくけど私他にちゃんと付き合ってる人がいるから。それ超がつくデタラメ」
「え?そうなの??‥え!!?そうなの!!?」
「ちょっと、ここ防音完備してないんだよ‥!」
「いつの間に付き合ってたの!?」

繋心さんに見送られてあれから1週間。過去最悪にでっち上げられたニュースを知ってるか知らないかなんて知りたくない。しかも、もっと最悪なことに朱袮は今県外にライブに出ていてあと3日は帰ってこないのだ。何度電話してみても出てくれないし、公の場でまたでっち上げられでもしたら本当に、‥いや流石にそこまでする奴ではないと信じたいけど。

「もしかして‥例のコーチと‥?」
「付き合ってるよ、なのにあいつが‥」
「‥ねえ、もしかしてアカネさん、ゆかりのこと好きだったとか」
「‥‥」
「まじですか‥?まじ‥?」

ひえ、それは大変だ‥。他人事のように喉を震わせている怜奈は今日はフリータイムらしく、私の部屋に連絡なしで遊びに来ていた。‥何度も何度も譫言のように好きですって伝えて、分かってるから大丈夫だって嬉しそうに笑って抱きしめてくれた繋心さんの顔が浮かぶ。一刻も早く朱袮のことをどうにかしたいのに、なんでこのタイミングでライブなんかしに行くかな!全てが計画通りだとしたら、‥いっそのこと全ての朱袮の仕事から手を切りたいくらいだった。

「なんか‥え?私どうしたらいい‥?」
「そっとしておいて。自分でどうにかする。どうにかしないといけないんだから」
「でもさ。‥てかコーチ、このこと知らないの?」
「朱袮の名前は伏せてるけど、一応告白されたってのは知ってる‥ニュースの画像見てるか分かんないけど‥」
「早くしないと大ごとになったら不味くない?アカネさん、一応今をトキメクバンドのボーカルだよ‥?下手したらゆかり干されるじゃん‥!」

そんなの分かってるし。何が草食系男子だよほんとに。‥なのに"草食系男子のアカネ、純愛か"ってキャッチフレーズが本当にムカつく。光っていたネットニュースをぶちりと消して、自分のベッドにダイブした。

「多分アカネさんの事務所周辺ヤバイよね、私達のスタジオ使っていいよ」
「うん、‥ありがと怜奈」

彼女は本当に心配してくれているらしく、いつもの笑顔が強張っていた。この業界の怖さを、怜奈も一応知っているということだろう。なんか飲む?と手に持っていた飴玉を差し出してくるくらいにはテンパっている。

顔がバレることよりも朱袮と噂が立つことよりも。‥そのせいで繋心さんに迷惑がかかってしまうことの方がよっぽど嫌だった。熱りが冷めるまでは、彼がニュースのことを知っていても知らなくても会うのはやめた方がいいのかなあ‥。自分のiPhoneの通知音で我に返ると、まさに今考えていた彼からの電話が鳴っていた。

「‥もしもし、」
『ゆかり、今いいか、』
「はい、‥大丈夫です‥」
『さっき、‥‥その、職員室のテレビでやってたんだけど‥なんだっけ、Sのボーカルやってるアカネってやつと写真撮られてた女の子、』
「あ‥あの‥」
『ゆかり、だよな、?』

身近な人にはどうしてこうもすぐ私だとバレてしまうのか。‥いや、身近だから、だろうけど。困ったような低い声が電話越しで聞こえる。別に謝る必要なんてない筈なのに、謝罪の言葉しか浮かんでこない。どうしよう、会うのやめようとか、付き合うのやめようとか言われたら。‥やっぱり熱りが冷めるまで会うのやめるとか私にはもう無理だと思った。だってこんなに好きなのに。

2018.01.28

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