誰かと一緒に布団に入って温度を共にするのは随分と久しぶりだった。しかもそれは今までの彼氏の中の誰かというわけではない。もっと小さい頃の私の話しだ。‥まあ、今までの彼氏の中とは言え、そういう風になった人は片手で数えられるくらいしかいないのだけれど。

「‥寝れねえの?」
「繋心さんこそ」
「寝るつもりはある」
「私も寝るつもりはあります」

少し狭い布団の中、僅かな距離を空けたままぴきんと固まるように天井を見上げていたけれど、それもどうやら限界だった。そろそろ寝返りしたい。というか、‥繋心さんの方を向きたい。なんで腕枕を差し出される前にさっさと布団に潜ってしまったんだろう、私のバカ。腕枕、‥言ったらしてくれるかな。

「なあ」
「はい」
「名前呼びは達成したけど敬語は結局そのまんまだよな」
「う‥まだ時間かかりますよ‥」

夜遅くなせいか、少し自重して静かにからりと笑っている。天井を見ていた目をくるりと繋心さんに向けて、こっそりと首を動かした。けれどやはりというか、電気を消した室内ではよく見えない。

「‥てか、いい加減こっち向けって」
「そ‥そうですね、」
「取って食おうなんて思ってねーから」

別に、私だって取って食われそうなんて思っていない。恥ずかしくて恥ずかしくて、そっち側が見れないだけなのだ。今、一体何時なんだろう。思考回路を慌ただしく切り替えて、もぞもぞと布団の外に手を伸ばして携帯を探す。あ、あった。‥なんてそんなのことを思う間もないまま手首を引っ張られて、ぼすんと何かに抱き込まれる。間違いなく繋心さんの温もりだ。肺一杯に空気を吸って深呼吸を1つすると顔を上げた。

「すげー良い匂いする、」
「来る前にお風呂入ってきたから、ちょっ‥」

首元に近付いた繋心さんの髪の毛が擽ったくてふくふくと笑ってしまう。でもやっぱり恥ずかしいのもあるから、なんとかなんとか押し返そうともがいてみた。‥でも、あんまり意味がないみたいだ。

「こら、暴れんな」
「だって擽ったくて‥っ」

擽られることに慣れてるわけなんかない。静かに笑い声を燻らせていると、不意にふにゅりと押し付けられた唇。柔らかくて少しだけ濡れていて生温い。意外とキス好きなのかな、私も全然嫌いじゃないけど。ほかほかと暖かくなってくる頬っぺたを指でゆっくりとなぞられて、ぞくりと背筋が震えた。

「‥ん、っう、」
「口開けてみ」
「ふ、ふぁ、」

繋心さんの声に無意識のうちに反応して、その瞬間隙間からぬるりと入り込んできた舌。最初は上唇の内側を這っていたけれど、そのうちぺたりと私の舌にも絡んできた。きもちい、だめ、それ。麻痺していくみたいに頭がふわふわする。ぬちゃり、ぴちゃり。厭らしい音が聞こえて何分か経った頃、ぴたりと彼の動きが停止した。

「‥‥あー、やべ‥」
「ん、‥?」
「その顔すげークる」

ほんの少しだけ息を乱した繋心さんが、ほんの少しだけ余裕のなさそうな声を出している。‥私で興奮してくれているのだろうか。そう考えると恥ずかしいけど嬉しくて、でもここからどう行動するべきかを迷ってしまった。‥その気がないわけではないんだけど、でもまだやっぱり心の準備がとか、無いに等しい理由がふつりと滲み出てくるから。

「悪い、‥さっきの、冗談半分、本気半分」
「ひゃっ」
「‥正直したい」

ごくり。そう喉を鳴らした繋心さんに、私もこくりと喉がなった。視界の上で彼が今か今かと私の言葉を待っているのだ。NO?そんな言葉の用意はない。‥ないんだけど、あるわけがないんだけども。

「ゆかり、好きなんだよ、‥マジで」

ちらついた朱袮の声が一瞬だけ過った。‥やっぱり、彼のことをちゃんと片付けてからにしなきゃ。煮え切らないのはそこだったと気付いた時には、繋心さんが上から引いていて、さっきみたいに正面からぎゅうと私を抱きしめていた。

「‥急かした」
「え、ちが‥したくないわけじゃなくて‥」
「なんかあったんだろ」
「‥ごめんなさい」
「別にこういうことする為にゆかりと付き合ってるわけじゃねえし」
「はい‥」
「何があったかは言えねえ?」
「‥あの、」
「例の奴に告白でもされたとか」
「!」

なんで分かったんだろう。ぴくり、小さく瞼が動いたのが見えたのかな。はー、成る程な、お前可愛いもんな。分かるわ。独り言のようにぶつぶつ呟いて呆れたように溜息を吐いた彼は、何故か少し笑っていた。

「あんまりおあずけにすんなよ」
「うえ」
「ちゃんとそっち片付いたら抱いていいんだろ?」
「は、い」

なんで、全部分かったように納得してくれるんですか?そんなの好きだからじゃねーの。伊達に片想いしてねーんだよ、だからとりあえず今日はこれで我慢しとく。ぎゅうぎゅうに抱きしめられて伝えられた言葉は全身が赤くなってしまうくらいに恥ずかしくて、そして嬉しかった。

「好き、‥好きです、繋心さん、」
「知ってる」
「ほんとに好きなんです‥わたし、」
「分かってるから」

覚醒していた頭が蕩けていく。いつもバレーボールに触れているだろう手は、まるで綿飴にでも触れるみたいに私の頭を何度も撫でた。

2018.01.22

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