「私今日サークル行けないんだ。お兄ちゃん家に帰ってくるらしくて、皆で外食行くことになっちゃって」
「そうなんだ‥」
「ねえ、その唐揚げ1個ちょうだい」

いいよと言う前にひょいっとお箸で掴んだ円ちゃんは、そのまま口に入れて頬張った。お昼に時間を合わせて来た食堂は既にたくさんの学生でごった返していたけど、狭いスペースに席を見つけてそれぞれ頼んだ学食を手に座ることが出来た。ラッキーだったなあ。そうして5個あるうちの唐揚げが1つなくなった。‥別にいいんだけどさ。

「そういえば」
「んー?」
「赤葦君、3年の先輩に告られたって知ってた?」
「えっ!?」
「やっぱ知らないかー。まあそんなの触れ回るような奴じゃないし当たり前っちゃ当たり前‥」
「い!いつ!!」
「いつだっけ、‥確か2、3日前とか聞いたっけな、去年の文化祭でミスコン出てたらしいよ。別に優勝とかしてないみたいだけど」

う、嘘。そんなのなんにも聞いてない。聞いてないというか、いや聞かなきゃいけないかは分かんないけれど。今更ながら、やっぱりモテるんだなあ赤葦君。そう考えてみて、ふと私は自分自身をガラス越しに眺めてみた。なんというか、どこまでも普通の人間だなあと思うと同時に赤葦君はなんで私を好きになったんだろうかと考えずにはいられなかった。大学のミスコンに出るなんてかなり美人、しかも2つも歳上ということは黒尾先輩や木兎先輩よりも1つ大人ということで。‥なのにこんな木偶の坊みたいな私を好きだとか。もしかしたらだいぶB専だったりして‥。

「赤葦君ってモテるイメージあるけど、誰かと付き合ってるとか聞かないよね。なんでだろ?」
「し、知らないよ、私が知るわけないじゃん、」
「まあそれもそうか」

うっ。心臓を鋭利な何かでぐさりと一突きされたみたいだ。それもそうかって‥まあそれもそうかって言っちゃうよね。私と赤葦君って似ても似つかないし。隣にいるのはきっと歳上ミスコン3年生の方が相応しいとは思う。‥思うんだけど、心の何処かでは凄く悔しかった。まるで赤葦君の隣にいるのが変、おかしい、釣り合ってない。‥みたいに言われているみたいで。

「円ちゃんは赤葦君の彼女ってどんなイメージ?」
「えー?そうだなあ‥大人しいけど勉強できて、なんでもそつなくこなしちゃう歳上女子って感じ?」

全部当てはまってないんだけど。持っていた紙コップがぺこりと音を立てた。一応付き合っているということを誰も知らないから、そういうイメージが立つと言えばそうだけれど、‥もしかして、私は女子としてもっと頑張らないといけないのではないか‥?












女の子っていうのは実は男の子と同じくらい単純な生き物かもしれない。昼間に言われた円ちゃんの言葉1つで、まずは苦手なヘアアレンジから頑張ってみようとか考えているのだから。今からサークルがあるだけ、なのに。‥ここだけの話、お団子頭とかしたことがないせいでトイレの鏡の前でもう10分は経過してる。1つ結びはよくするけど、お団子になっただけで急にレベル高なるのなんで?ピンってどこに留めればいいの?

「‥ねえ、大丈夫?さっきからずっと鏡睨みつけてるけど」

隣にいた女の人がそっと声をかけてきて初めて、自分が物凄く険しい顔をしていたことに気が付いた。そうしてぱっと顔の向きを変えると、白い肌の綺麗な人が半笑いでこちらを見ていたのだ。‥滅茶苦茶恥ずかしい、穴に入りたいくらい恥ずかしい‥。

「髪の毛、なにかしたいの?」
「あ、えっと‥お団子にしたかったんですけど、‥不器用で、上手くいかなくて‥」
「なにそれ可愛いな〜。やってあげるよ、ピン貸して」

え、え、え?あたふたしていると、頭の上でくるりと回った1つ結びがお団子に早変わりした。2本だけピンを使っただけなのに、留まったピンは首を振っても髪の毛を崩さない。え、凄い!さっきまで眉間に皺ができていた額は元通り。当たり前だ、20分かかってできなかったことが、この人にかかったらものの数秒で出来上がってしまったのだから。

「あ!ありがとうございます‥!」
「1年生?なんか垢抜けてない感じがまた可愛いなあ。今からデート?」
「違、‥います‥」
「分かった、好きな人がいる所に行くんだ」
「うえっ」
「分かりやすいなあ。でも可愛くしておきたい気持ちわかる〜。そっかあ、じゃあついでにこれ買ったばっかだけどあげる。使ってないから大丈夫だよ」
「え!?うそ、あの‥!!」

ぽん。掌に乗せられたのは、最近流行っているような大人っぽいリップだった。つ、使ってないんですか?未使用をくれるなんてどんだけ太っ腹‥!ぱちぱちと瞬きをしていると、その人は頑張ってねと言いながら颯爽と女子トイレから出て行ってしまった。

「名前‥聞いておけばよかった‥」

ああいう人だったら赤葦君の隣にいてもお似合いとか言われるかなあ。貰ったリップは可愛いけれどデザインがお洒落で、私が持つには少し色っぽすぎるような。返した方がいいような気がしてポケットに入れたけれど、やっぱり少しだけ試したくて小指にそれを塗って唇に当てた。‥な、なんか‥自分じゃないみたいで恥ずかしい‥。

2018.01.24

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