烏野高校男子バレー部のOBだという澤村大地さんは、主将だったと言うだけあって物凄く礼儀正しくて、そして大らかで素敵な人だった。あ、ほんとだ、そういえばテレビに出てた人だ!と思ったのも束の間、春高に出て有名になったからなのか、サークル活動が終了しても何人かの人に囲まれていて、あんまり喋ることはできていない。けど少し喋っただけでも好感度が高いのが分かる。‥ちょっとお父さんみたい。

「小鳥さんお疲れ」
「赤葦君はもっとお疲れ様!タオルいる?」
「ありがと」

得点板の隣でパイプ椅子にぼんやり座っていると、その隣で床に座り込んできた赤葦君は私の持っていたタオルを受け取った。そういえば、赤葦君は澤村さんと顔見知りなんじゃなかったっけか。奥の方では黒尾先輩と木兎先輩が執拗に澤村さんに絡んでいた。‥久しぶりの筈なのに喋らなくていいのかな。

「‥赤葦君は行かなくていいの?」
「俺はまあ。‥あの2人が楽しんでるみたいだし」
「澤村さんと先輩達じゃ性格全然違うような気がするんだけど、仲良いんだね」
「面倒見がいいのは似てるよ」
「木兎先輩は赤葦君に面倒見られてる方だよ?」
「木兎さんはね」

サークルは少し前に終わっているのにも関わらず、まだそんなに疲れている顔なんてされちゃったら最早何に対して疲れたのか分からないなあ。まあ、先輩の扱いが上手な赤葦君だ、色々な気遣いはあるんだろう。

元々木兎先輩とは高校からずっと一緒にやってきたという赤葦君は、その背中を追ってこの大学を選んだらしい。大学でもあれだけ世話を焼いているのだ、卒業した時に肩の荷が下りたと口に出すような人だってきっといると思うけれど、赤葦君はよっぽど木兎先輩とバレーをするのが好きなのかもしれない。うん、素敵だ。

「小鳥さん、背中押してくれる?」
「え、あ、うん」

上を見上げてきた赤葦君に言われて、ガタガタとパイプ椅子から立ち上がった。言われた通りの力の強さでぐぐっと背中を押すと、意外と柔らかい赤葦君の身体は簡単に倒れていく。‥私とは全く違う、少しだけ細めなのに筋肉はちゃんとついている男の子の身体。思わずお風呂の赤葦君を思い出すと、ぼふんと頭から湯気が出そうだった。

「そういえば小鳥さん、その髪の毛どうしたの?」
「え」
「お団子。初めて見たから」
「え‥‥えっと‥」

赤葦君の隣に相応しくありたいが為に、女子力を磨いておこうと頑張ろうかと思いまして。とはいっても、実は綺麗な先輩に全部やってもらったんだけど。でも、なんだかそう言うのは恥ずかしくて苦笑いで誤魔化した。でも、髪の毛が変わってる所までちゃんと見てくれてるんだなあと思うと恥ずかしいやら嬉しいやらだ。‥そんな私の考えも梅雨知らず、彼は少しだけいじけたように口を尖らせている。

「烏野高校、応援してたって聞いたけど。‥もしかして澤村さんのことずっと気になってたとか」
「え?ううん、澤村さんが烏野の人って聞いたから知ってただけ。聞いてなかったら気付かなかった」
「そうなんだ。‥じゃあ、そのお団子は俺の為?」

‥え?もしかして、さっきのって嫉妬ってこと?こちらに振り向いた赤葦君特有の太眉が、駄々っ子みたいにちょっぴりハの字に下がっている。いつもクールな赤葦君がまさかこんな顔をするとは思わなくて、ぎゅうんとすごいスピードで心臓が高鳴った。ああ、落ち着け落ち着け。ここは体育館なんだから、誰かに見られるとバレてしまうぞ。ぐいぐいと赤葦君の背中を強めに押して誤魔化していると、ほっとしたように赤葦君が薄く笑った。

「俺、その少し落ちてる後れ毛とか好き」
「はっ‥はひ、」
「‥つい触りたくなる」
「い、っいいよ赤葦君、あの、嬉しいから、」
「頸、綺麗だよね。小鳥さん」
「あ、あかあしくん、」
「‥触ってみたい」

さっきまでの駄々っ子は何処にいってしまったのか、こちらがどきりとするような大人びた顔で笑ってそっぽを向いてしまった赤葦君。私ばっかりドキドキさせてずるい!こうなったら全力で背中を押してやるから!と思ったその瞬間、気付いてしまった彼の真っ赤な耳。‥背中を押す力が手に入らなくなった。‥ほんと、皆が澤村さんに夢中でよかった。

2018.02.03

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