「くっそー!!」

わあ、大きな声。スパイクをどしどしと打って体育館いっぱいに叫んだ後、何度も飛んでいた先輩の体がやっと止まった。何分くらい経ったのか忘れたけど、多分15分は経ってると思う。自分でボールを高く上げた後にそのボールを打つなんて、はたして練習になるのだろうかと思ったけど、木兎先輩はそれくらい躍起になってるってことなのかな。私から見たら充分凄いんだけどなあ。

‥っていうか。これ、どんなタイミングで私は出ていけばいいの。そう思って京治に目配せしてみたら、案の定適当に手をぴっぴっと返された。いやいやあんたが連れてきた癖にそれはなくない?こっちだってこんな格好のままいるのは結構な限界がきている。恥ずかしいし何やってんだって思われても仕方ない。そもそもこの衣装だってまだサンプルの段階なのに、見せびらかしていいものではないのだ。

「早く行けって」
「うっさいな。心の準備してんの」
「今更必要ないだろ。一言“頑張ってください”ってきゃぴきゃぴしてくればいいんだから」
「言い方!」

きゃぴきゃぴってなんだ。ぶりっこしろってことか。木兎先輩の前でそんなの無理に決まってるでしょうが!そう思っていたら、体育館の真ん中でどさっと何かが倒れる音がした。まさか先輩、練習のし過ぎで体の不調を起こしたのでは?と、慌てて体育館に足を踏み入れると、体育館のど真ん中に大の字で寝そべった先輩が目を瞑ったまま唸っているではないか。え、待って、本当にどうかしちゃったの!?
恐る恐ると息を殺して近付いて、足音を立てないようにした。だけど、何かが来る気配に気付いたのか、あと30cmというところでばっちりと大きな瞳が開く。本能で動いてる動物みたいで、少し吃驚した。ばちんと目があってから随分と沈黙があったような気がするが、‥多分、時間なんて然程経っていない。

「夜鷹?」
「ハッ、ハイッ!」
「え?なに?お前何やってんの?その格好なに?‥可愛いな」
「え、」
「あ。‥‥ちょ、ダメ。ちょっと座れ。見えるから」
「な、何がですか、」
「‥‥‥‥‥‥レースのパンツ」
「!!」

いや!そこは装飾のこととかわざわざ言わなくていいのでは?!慌てて床に座り込んで、ついでに両手で前を抑えた。スパッツちゃんと履いてくればよかったと思ってももう遅い。黒くてちょっぴりお尻が透けているようなそれはもう、がっつりと言えるほどの総レース。だけど、別に誰かに見せたいとかそういう理由で購入したわけじゃなくて、単純に可愛かったからだ。だって高校生になったら憧れちゃうことない?レースの可愛いパンツ。ちなみにチアリーディング2年生の間では空前のレースのパンツブームが起きているのだ。

って、違う。そうじゃない。‥私今、木兎先輩にパンツ見られた!

「初めて見た‥」
「いやいやいやちょっと待ってください今の忘れてください!」
「やーそりゃあ、なんというか、無理っつーか‥‥てか夜鷹なんでこんなとこにいんだ?」
「え」
「赤葦ならいねえよ」

当たり前かのように私とセットになってついてくる赤葦京治という文字。違いますってば。私は京治を探しにきた訳ではありません。むしろその京治に頼まれて、貴方を元気付けにきたんです。言いたいのに中々言えなくて、ぎゅうとスカートの裾を握り締めながらごくりと唾を飲み込んだ。一言、一言元気付ける言葉をかければいいだけ。それで走って逃げればいい。だけどいざ本人を目の前にすると、さっきまで「チアは味方を元気にするお仕事」とか思っていた自分が尻込みしてしまう。がっしりした肩幅、大きな目。つんつん頭。‥ああ、もう、さっさと言ってしまえ!私!

「っぼくと、」
「もしかしてその格好、‥俺のこと応援しに来てくれたとか」
「せ‥‥、」
「‥え、マジで?」

きょとんとして、彼は驚いたように口をぽかんと開けっ放しにしたまま私と自分を交互に指差した。床に座りこんだまま投げ出されている木兎先輩の足がうずうずと揺れて、なんだか忙しない様子だ。‥もしかして私が何か言葉をかけるのを分かってて、待ってる?

「スゲー!わざわざチアの衣装まで着てくれたのかよ!」
「こ、これはあの‥!」
「てかなんか前と違くね?前より可愛いよな」
「え、ほ、ほんと、」
「衣装、スッゲー可愛い」

衣装かよ!って心の中で盛大につっこんでいる癖して、ばくばく煩い心臓が口から飛び出てきちゃいそう。これどうなってんの?とか、自分達で作ったのか?とか、そんなに質問されても困るのに、話しかけてくれることがもう嬉しくて嬉しくてたまらなかった。二人きりの体育館で緊張するけど、先輩がわははって笑ったりすると、なんだか私も凄く楽しい気分だ。

「そういやさ、なんかいっつもやってる振り付けあんじゃん。バレーの応援の時」
「あ、ありますね。いつもの梟谷の応援の」
「あれって誰が考えんの?」
「考えるっていうか‥恒例なんですよ。だから何期も前の先輩が考えてくれたのを使ってて」
「へー。で?」
「で?‥って?」
「なんか俺にないの?」

じい、と見上げてくるその姿に、そうだった!と背筋がぴんと張った。木兎先輩のことを応援しにきたというのに、それを忘れてすっかり話に夢中になってなにやってんだ。ちょっとだけ嫌な予感がして、そっと後ろの扉へ目を向けてみると、京治のが「お前さっきからなにやってんだ」って言いたげな雰囲気を醸し出している。そんなこと言われてもしょうがないじゃん!
‥ていうか、なんか先輩もう元気じゃない?

「あー‥と、ソウデスネ‥」
「なんだよー。どうせなら“木兎先輩、頑張ってください!応援してます!ハート!”くらい言ってくんねーとさあ‥」

髪の毛の先まで項垂れた先輩がなんだか可愛く見えてきた。ハート!って、それ言葉に出すやつじゃないと思うんだけどなあ。照れを誤魔化す為に苦笑いをして、小さく息を吸うと、やる気が萎まないうちにそのまま声に出した。

「ぼ、‥‥木兎先輩、」
「おう!」
「いつもかっこいいです、頑張ってください、ずっと応援してます、」

あれ?なんか思ってたのと違う。言いたかったことと頭の中で思っていたことがごっちゃごちゃになって口から出てしまったらしい。奥の方で様子を見ていた京治が分かりやすく親指を立てている。震える唇を思わず押さえると、すっと立ち上がった木兎先輩が私の頭に手を置いて、さっきみたいにニカッと笑った。

「なんか、いいな」
「え?」
「いつもとかずっととか、夜鷹俺のことしっかり見てくれてんだなー!超元気出た!」

げ、バレた。いつも見てたのバレちゃった。ついでに先輩が好きなこともバレちゃうかと思ったけど、それはなかったみたい。意気揚々とボールを手で掴んでコートの端へと歩き出した先輩は、京治の姿を見つけた瞬間体育館の中へと引っ張り出していた。

「ゲ、木兎さんやめてくださいよ、」
「ちょっと待ってろよ!今から超すげースパイク打つから!」
「えっ」
「夜鷹の為に打つから!な!」

引っ張り出された京治は物凄く面倒臭そうな顔をしている。‥けど、先輩が私の為にスパイク打ってくれるっていうんだったら、京治には頑張ってほしい所だ。
赤くなっているだろう頬っぺたを両手で挟んで、ドキドキしながらその時を待つ。足が震えて、呼吸が苦しい。真っ直ぐラインに沿ってスパイクが打ち込まれた瞬間の木兎先輩の顔は、私が初めて彼の試合を見た時と同じように自信に満ち溢れていた。

2018.09.15

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