とある放課後、の部活中。柔軟中に声を掛けてきたのは、チアリーディング部の副部長であるユミだ。新しい衣装デザイン？見た見た。私が一応部長なんだから、逸早く見るのは当たり前でしょうが。今まで使っている奴はもう10年使っているものだからと新調しようと思って顧問の先生と話し合った結果、今年から新しくなることに決定していた。今まではノースリーブとミニスカートで、黄色に白とゴールドのラインが入っていた衣装だったけれど、新しいのは白を基調とした紺とゴールドのラインや装飾があしらわれた、ちょっとかっこいいデザインのワンショルダーとミニスカートのセットアップだった。
「あれ一応先生とデザイナーさんの案だよ。ほぼ決定」
「めっちゃ攻めてるよね〜。すっごい可愛いけどその為に痩せるの大変」
ぐに、とお腹の肉だか皮だかを服と一緒に掴んだユミは大きく溜息を吐いている。そんなに太ってる印象ないんだけど。‥気にしすぎじゃない？そもそもこんなに動いてるんだから嫌でも痩せてくよ。それにこれから夏なんだから。
「ヘソ出しは今しか着れないよね〜」
「そうそう。だから頑張って痩せよ」
「今日夜鷹サンプルの衣装合わせでしょ？私も見に行こ」
「は？来なくていいし！」
「来なくていいなら行ってもいいじゃん」
その切り返し腹立つな。
可愛い衣装も良いけど、それ以上に他の学校とは少し違う新しい衣装でいるのは気分が良い。それに、白い衣装は見る目にも映える。これで木兎先輩を応援できるのはドキドキする。木兎先輩が見たらどう思うかなあ、‥なんて。別に木兎先輩に見せる為の衣装ではない。そういうつもりで選んでるつもりだってなかったけど、‥ふと考えたら「めっちゃ似合ってるな！」って言ってもらいたい気にはなってしまうのはしょうがないよね。
「それよりユミ、ちゃんと柔軟してくれないと後輩に示しがつきませんよ」
「アッハ、ごめんごめん」
体を無理なく動かすには、きちんと踊るには、ちゃんとした準備運動と、運動したあとのクールダウンが絶対に必須。無理はいけない。それは、この約２年間で身に染みて分かったことだ。それをまだ分からない１年生がいたら、鬼みたいに指導するのも私達の役目。怠ったらきっといずれは後悔の残る怪我をするから。
「終わったら１年生はシットの練習の続きからー！」
外での練習の時は、水分補給はこまめに入れる。それは先生から必ず行うことの１つとして組み込まれている。無理な練習は絶対にしないのも、約束。立ち上がって指示を出しながら、ふと奥の体育館から見える団体につい視線を向けてしまった。‥そこに一瞬木兎先輩が見えたけど、集中しなきゃと思って慌てて近くの１年生に声を掛けると、分かりやすいように瞳がぐるんと揺れて止まる。‥やば、怒られるとか思わせちゃったかな。ごめん、ほんとごめん。
練習をし始めたら、気付くと周りなんて見えなくなることが偶にある。それは良いことのような、悪いことのような。そんなことを考えながらびっしょり掻いた汗を拭っていると、制汗剤を振りまいていた同期の口から突如としてとんでもない声が聞こえてきた。‥聞こえてきたっていうか、多分私に言ってる気がする。
「赤葦君また後輩から告白されたのかー。モテ男だねー」
「イケメン幼馴染うらやましー！」
「やっぱ私に聞こえるように言ってるの？」
「やだ、聞こえちゃった？じゃあ聞こえちゃったついでにどうなの？イケメンの幼馴染とか超少女漫画じゃん！」
「答えは変わんないから‥」
きゃいきゃいとはしゃぐ彼女達は、恋バナとか噂とか、そういうのがとても好きな女子部員だった。何回言ったか分からないけど、京治とはただの幼馴染なのだ。どう転んでも幼馴染。京治のやつ、また誰の断りもなくモテやがって(ちょっとむかつく)。べしっと汗拭きシードを投げると、それを良い方に捉えたその子は「ありがとー！」なんて言いながらそれを使い始めた。いやそういう意味で投げたわけじゃない。
「私赤葦君と幼馴染だったら毎日一緒に帰るなあ」
「分かるー！私も絶対部活終わるの待っちゃう！」
色恋に煩い声がどんどん増えて重なっていく。ついには後輩の黄色い声も混じってきて、もうこれは私が関わるべきお話じゃないなと、さっさと部室から出ようとした瞬間だった。ぐいと肩をユミに掴まれて、なんだなんだと振り向いた矢先、「あんた大事なこと１つ忘れてない？」と、真顔で問いただされたのだ。
「ちょっとなに！」
「今日サンプルの衣装合わせ」
「あ‥」
うわ、めちゃくちゃ忘れてた。こっそり男バレの様子見ていこうかなと思っていたけど、それはできなさそうだ。心の中でしょんぼりしながらユミに引っ張られて部室を後にする。途中でもう衣装を着るというやる気が起きなくなって、衣装合わせユミがやる？ってそう言ったら「あんたの着れってこと？それイヤミ？ぶん殴っていい？」って言われてぶん殴られた。いやいや、有言実行が早すぎるんだって。
2018.07.31