木兎先輩は身長も高いし、京治みたいに細くない。肩幅も広いし、半袖から伸びる腕はがっしりしてる。折りたたみ傘は小さくて、どうしても傘は木兎先輩が持つことになっちゃうし、どうしてもどっちかの肩は濡れることになる。折りたたみ傘が役に立ったような、‥役に立たなかったような。

「先輩の肩濡れてます、もうちょっとそっちに」
「女の子はこーやって男に守られてればいいんだよ、気にすんな!」

にかっと笑った木兎先輩はそう言って私の肩をぐいっと引き寄せた。離れたら濡れるからと下心の全くない顔だということはよく分かっているんだけど、それでも私の心臓が鳴り止むことはない。女の子の中でも身長のある方だけど自覚しているが、やっぱり木兎先輩は大きかった。隣に立つとそれがよく分かる。‥ってそれよりもほんと、肩を掴んでいる手を離してほしい。大体私はどこまで送ってもらうんだろうか。家まで行ってお母さんがタイミング悪く出てきたら絶対からかわれる、っていうか、絶対「彼氏さん?」って言われる。親って空気読めないから!

「夜鷹はいつからチアリーディングやってんの?」
「あ、えーっと‥中学からです」
「へー。中学でもチアリーディングとかあんだなー。俺もずっとバレーやってんだけどさ、やっぱ楽しいと続けちゃうよな!」
「っ冷た、」

ぱしゃぱしゃと水音を立てていた足元が、突然大きくばしゃっと雨を振り撒いた。大きく一歩を踏み出した先輩の足のせいで、私の右足がびちゃりと濡れている。少し冷たいけど、今は私自身が火照っているから全然気にならなくて、でもそれを気付かれないようにと出た声は嘘っぱちだ。冷たい、だなんて嘘。

「うおお、悪いつい、」
「もー‥子供みたい‥タオル使います?」

吃驚した顔に思わず頬を緩ませて笑う。あー、なんだろうこれ、まるで先輩と付き合ってるみたいで最高。鞄から出したハンドタオルで自分の足を拭いたあと、べしゃべしゃになった先輩のズボンを見てつい差し出した。使ったもので悪いですけど、そう言えばいや全然いーし!とズボンの裾をぎゅっと絞ってタオルを受け取ってくれた。臭くないかな。そんなことを思ったけどそのタオルは部活で使っていない方の新しいタオルだから、多分大丈夫だ。

「サンキュー!まあでもまたどうせ濡れるけどな」
「それ、貸しておきましょうか?」
「いやいいよ。帰ったらどうせ風呂入るし」
「でもその前に風邪引いちゃったら申し訳ないですから」
「俺は!風邪引かない!」

なんでそんな“バカは!風邪引かない!”みたいなニュアンスで言うの。ちょっと笑える。傘を持っていない方の手を腰に当てて、踏ん反り返って自慢げにする様子がなんともいえない。丁度良くバケツをひっくり返したような雨が降ってきたのがギャグみたいでおかしくて、目が合った瞬間につい噴き出してしまった。

「‥ふっ、ぷ」
「どうした?」
「だって凄い良いタイミングで豪雨になるから‥っ」
「いやこれは雨も俺を試してるだけだって。負けないけどな!」

木兎先輩と一緒にいると、全然飽きない。きっと一緒にいることができたらずっと楽しいんだろうなと思った。こんな人と部活で共に過ごせるなんて、京治が羨ましい。いいなあ。高校に入ってからチアリーディングじゃなくて男子バレー部のマネージャーとして入部すればよかっただろうか。‥ってそれは無理、私ははチアリーディングがしたかったから、やっぱりこのポジションで応援できるのが1番ベストなのだ。

「今度さあ」
「なんですか?」

豪雨の中、私に聞こえるように木兎先輩は声の音量を分かりやすく上げた。結局貸したままの私のタオルで崩れた髪の毛をぐしゃぐしゃと拭いた先輩がまたにっと笑ってこっちを見ている。いつもつんつんに立ってる髪の毛は、へにゃんへにゃんに落ちて、ちょっぴり小さく見えてしまう。プラス3、4cmはその髪で割り増しされてたのか。そんな見たことのない姿につい魅入ってしまっていると、べしゃっと頭にのせられた使用済みのタオルと木兎先輩の手が。

「試合中は無理だけど、始まる前と休憩中にヨユーあったら夜鷹のこと探すわ!」
「へっ‥な、なんでですか、」
「俺のこと応援してくれるのに、それを見ない訳にはいかねーだろ」
「‥‥‥。はっいや、私皆のことを応援しててですね、」
「いやいやそこは“はい!木兎先輩応援してます!”でいーじゃねーか!だから俺も探そうと思ってんの!全力で応援する夜鷹見たら俺も超テンション上がるしな!」
「、は ぁ‥」
「俺のこと応援するだろ?」
「‥‥‥‥しま す」
「オッケー!!」

約束、約束な!そう言いながら意気揚々と濡れた小指を差し出してくる先輩は、約束を破ったら歯に千本何かを飲ませてくるらしい。こわー、グロー。‥だけど、私にそんな約束が守れない訳がないじゃないか。

2018.07.13

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