夕方から雨の予報だって言っていたのは京治だ。でも、結局授業が全部終わっても降ってはいなくて、おにぎりという賄賂を渡した所で意味はなかった。110円が無駄になったなあと思っていたら、チアリーディングの部活が終わる頃に突然ザーザーとバケツをひっくり返したみたいな雨が降り始めたのだ。赤葦京治、恐るべし。‥いや違うか、お天気ニュース、恐るべしだな。

「げー最悪‥べっちゃべちゃ‥」
「突然降り出しすぎじゃない?止むかなあ‥」
「ひゃっ‥!今光った?!」

更衣室で濡れた体を拭いて制服に着替えていると、外からごろごろと音が聞こえてびくりと背中が震えた。これは早く帰らないと、少し止むのを待っていたら帰れなくなるかもしれない。貸してもらった折りたたみ傘なんてこんな土砂降りではあってないようなものだろうなあ。

濡れた髪の毛をまとめ直して、既に着替え終わった1年生に声を掛けた。次いで他の部員にも声を掛けて、持っていた鍵で誰もいなくなった女子更衣室の扉を閉める。‥じっとりとした嫌な暗さだ。1人で帰るのは嫌だけど、友達にも酷くなったら危ないから先に帰ってていいよって言っちゃったし‥。他の部活も人なんか殆ど残っていなくて、親に車で迎えに来てもらっている姿もちらほらと見える。ひんやりと冷えた掌を僅かにさすりながら、ぼたぼたと屋根から落ちる水滴を見つめていた。

「‥夜鷹、まだいたんだ」
「なんだお前、髪濡れてんじゃん!」

もう私しかいないと思っていた体育館にはまだ人が残っていたらしい。男子更衣室から出てきたのは京治と、木兎先輩だ。慌てて髪の毛を直す仕草をして、おかしくないかを窓ガラスで確認すると彼等に向き直る。‥湿気ほんと嫌い。前髪がもわんと浮くから。

「他の人は?」
「酷くなる前に早く帰ってって言ってたら私1人になっちゃって」
「こんな暗い中帰るのか?そりゃ危ねーだろ!あかーし一緒に帰ってやれよ」

木兎先輩のその言葉に、ナイス流石先輩!と思わずガッツポーズをした。そうそう、こんな暗い中帰るのはやっぱり誰が考えても危ないのだから、その親切心が正解だ。だから京治送って!そのつもりで彼の顔を見たら、肯定しそうになっていた筈なのに途中で息が止まったみたいに黙り込んでしまった。‥何故。ここは「そうします」とか「はい」って言うのが普通ではないのか。例えばここで「いや大丈夫ですよ。夜道は慣れてるだろうし」とか言い出したら私の中の京治の株は一気に下がるし、こいつまじで信じらんないの一択しか出てこない。

「‥そのイケメンの役は俺じゃなく木兎さんこそふさわしいですよ」

暴言一歩手前だった。女としてではなく、長く付き合ってきた幼馴染として心配をしてほしいと思っていたら、ふと目が合ってゆっくりと京治が首を縦に振った。全く持って意味が分からなかったけれど、発言とその言葉の意味に思わず顔がぼっと赤くなってしまう。‥つまり、木兎先輩が私を送るようにとそう言う風に彼は言っている、らしい。ていうかそのくらい私にだって分かる。ってそうじゃなくて、こいつ何考えてんの!

「え?マジで?でもよ、あー‥夜鷹はあかーしの方がいいんじゃねえの?」

そんなことはないけど。木兎先輩に送ってもらえるとか嬉しいけど、それ以上に緊張が体を支配してくる。“イケメン”に反応したのか“ふさわしい”に反応したのか、はたまたどちらもなのか。とにかく嬉しそうに笑った先輩は顎に手を当てて首を傾げている。いやあまあそういう反応にもなるよね。だって私の名前を呼んでもらったの今日が初めてだし、なんなら大してそんなに喋ったこともないから。

「まあ夜鷹がよければ送ってくけど」

俺が。ぐっと親指で自分の顔を指差した木兎先輩は面白いくらいに得意げだ。嬉しそうなのは多分、自分が人に求められているということが誇らしいとかそんなことなんだと思うけれど、それが例えば私のことが密かに好きだからとかいう理由だったりしたら、‥考えるだけでドキドキしてくる。

「どうすんの夜鷹、俺と帰るの、それとも木兎さんと帰るの」
「え‥ええっと、デス、ね‥」
「つーか思ったんだけど3人で一緒に帰れば良くね?それでバンジキュウスじゃん!俺超頭良い!」

ちょっと待って、万策尽きてるってどういうこと。わははって笑う先輩の隣で、呆れた顔をした京治が溜息を零している。意味が分からなかったけれど、何を言われたのか木兎先輩は笑顔で私の元に向かってきた。背中を向けたままの京治は、パシャパシャと水音を立てて豪雨の中を歩き出している。

「あかーし用事あんなら早く言えよな〜。つーわけで俺が送ってくわ!あと傘忘れたから入れて!」
「‥へ」

冗談でしょこの人。‥京治から借りた傘、守る面積少ない折りたたみ傘なんですけど。

2018.07.04

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