ホームルームを終えて、どのクラスメイトよりも速く階段を一個ずつ飛ばして駆け下りる。早く行かないと少しでも多く喋るチャンスを失うかもしれない、木兎先輩はムードメーカーだし、周りに人がすぐ寄ってくるんだもん。‥いや、自分から寄っていくのかもしれないけど。

京治と幼馴染でよかった。木兎先輩の姿に恋に落ちてしまった時、真っ先にそう思った。そのおかげで先輩には私の名前を覚えてもらったし、すれ違ったら「お!あかーしの!」って声をかけてもらえるまでになった。‥おや、ちょっと待てよ、そういえば私いっつも木兎先輩に「あかーしの」って言われてることない?気のせい?‥いや、気のせいじゃない気がしてきた。私、名前で呼ばれたことない!

「お!あかーしの!」

それそれ、正にそんな感じで呼ばれている。もう何度も顔を合わせている筈なのに、やっぱり私はあかーしの、と呼ばれていたらしい。それにはたと気付いた瞬間、本当に私を呼ぶ声がしてぐるりと後ろを振り向いた。ラッキー!そう思っていた視界の奥から見える木兎先輩の隣に、心底うんざりしたような京治の姿もあった。何があったのかは分からないけど、‥多分京治は面倒臭いことに巻き込まれたんだろう。100円かけてもいい。

「こんにちは、先輩‥何やってるんですか‥?」
「いやー今日体育の時間サッカーでさ、張り切って蹴飛ばしたら体育館の窓1ヶ所割っちまって今怒られてきたとこ!」
「‥なんで俺まで一緒になって怒られないといけないのか理不尽すぎて腹立ちます」
「え、京治も怒られたの?」
「偶々さっき一緒にいた時に捕まって、完全に二次災害‥」
「お疲れ様」

ああ、だからそんなに不機嫌そうなのか。方や木兎先輩は何故かずっと楽しそうで、ずっと京治の肩に腕を回している。

「でもなんだか怒られたのに随分嬉しそうですね‥」
「いや、俺も結構凹んでたんだよ。さっきはな。怒られたしな。でもよく考えてみたら蹴ったボールが窓を突き破るって凄くね?俺凄い!そう考えたらなんか凹むことでもねえなって」
「反省してください。本気で」
「あかーし怖い!」

ポジティブにも程がある。学校の体育館の窓を割って凹むことでもねえなって普通言えるだろうか。いや、普通なら言えない。もう大丈夫だよって京治の肩をばしばし叩く先輩は本当になんとも思っていなさそうだった。

「なんだっけな、えーっと‥」
「?」
「あかーしの‥」
「夜鷹ですよ、木兎さん」
「それ!夜鷹だ!」
「はいっ!?」
「俺になんか用だった?」

ぎょろりとした大きな目が私を見てる。‥それよりも今、私のこと名前で呼んだよね?今まで「あかーしの」だったのに、いきなり木兎先輩の中で私が昇格した。吃驚して大きな声が出て、それにぶふっと口を抑えた京治が見える。そりゃあいきなり名前で呼ばれれば誰でも驚くでしょうが。っていうか私用があるとか言った覚えが全くないんだけど。まあ用はある。‥あれ、なんだっけ?

「用は‥えっと‥」
「スケジュール聞きたかったんじゃなかったっけ?」

京治からの鶴の一声にそうだったと、慌てて鞄からスケジュール帳を取り出した。今度の練習試合が何時からなのかとか、誰が出るのかとか、そういうのをメモする為に引っ掴んだシャープペンシル。だけど私が喋るよりも早く木兎先輩は手を伸ばして私の頭の上に手を乗せてきたものだから、かしゃんと手の中からシャープペンシルが落っこちていった。

「おお〜っ。夜鷹はやっぱ意外とでけえな!」
「は‥は‥?」
「いや俺よりは全然ちっちぇーけど、他の女子よりもでかい!でかいっていいよな!」
「そ、そうですか、それは光栄です‥」
「いやそうじゃないだろ」

落ち着き払った京治のツッコミが聞こえてくる。だけど、私は正直それどころではない。木兎先輩が私の頭に手を置いて、わしゃわしゃと楽しそうに撫でているのだ。今日は随分と良い日かもしれない。‥部活で何か嵐でも起こる前触れなのだろうか?

人の話を聞いてくださいとか、そもそもなんの話をするつもりだったのかなんてもう既に綺麗さっぱり頭の中から抜けていってしまっている。固まってしまった私を他所に、2人は顔を見合わせながら何かを話すばかりだ。まさかこのタイミングでお近付きになれるとは思っていなかったし、なんならもう少しだけ喋りたい。真っ直ぐで力強い目をした先輩と、もうちょっとだけ。そう考えていると、ほらって一言、1枚私に用紙を差し出してきた木兎先輩が人懐っこい顔で笑っていた。

「夜鷹がチアリーディング部のキャプテンってのは知らなかったな〜。是非俺を全力で応援してくれよ!」
「‥だってさ」

だってさ、じゃない。京治、そんな悪い顔でくすくす笑ってるんじゃない。木兎先輩のことは密かにずっと応援してたんだから、そんなの今更なんだよ。それでもにやけそうな顔を誤魔化す為に眉間をしわくちゃにさせるしか今は方法がないのだから困る。

「え、なんで怒ってんの‥?」
「いや、あれは怒ってるんじゃないですよ。必死なんです」
「なにに?」
「京治殴るよ」
「‥また二次災害」

2018.06.28

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