「ねえ、帰るの?ほんとに?あんだけ盛大な告白を受けた本人がほんとに帰るの!?」
「いや帰らないといけないでしょ!一応部活動として来てるんだから!」

落ち着かない。それは私だけではなくて、ユミも同じ、そして周りであの告白紛いの大きな声を聞いていた人達もそうだ。思い出せば思い出すほど顔が赤く、そして熱くなっていく。「俺と付き合え」って、つまりそういうことだよね?きっと真っ直ぐな木兎先輩のことだから、何かを試したりとか何かを考えた故での発言ではないと思うんだけど。いや、そう思いたいんだけど。
男子バレーの決勝戦、そして授与式も無事に終え、私達チアリーディング部は簡単な片付けや着替えを済ませた後、学校まで帰る迎えのバスへと急いでいた。それでもユミは片っ端から私の背中を引っ張って、まるで「あんたはそれでいいのか!」と言わんばかりに引き止めようとする。答えを伝えたくない訳ではない、要はタイミングの問題だ。今じゃないと思っているのに、もうちょっとだけ‥もうちょっとだけ心臓が静まる時間がほしい。

「せーんぱい」

両肩をぽーんと叩かれて、ばくん、と大きく心臓が飛び跳ねた。誰の声なのかは分かっている。分かっているからこそちょっと気不味いと思うけれど、彼女はそういうのを気にはしないらしい。

「、井上、なに、」
「チームの部長として、先輩は残って男バレにおめでとうございますくらい言ってきたらどうです〜?」
「は」
「キャプテンに直接でもいいとは思いますけど?」

木兎先輩のことが好きな癖に、にやにやと笑ってそんな風に言える井上が少し凄いと思ってしまったのは内緒。多分チームの部長として、なんて思ってないだろう。あの木兎先輩の大声に対しての私の返事をちゃんとしろって言いたいのだ。

「今日くらい許してあげるから行ってくれば?先生には遅れるって言っとくし」
「もーダメだってば!」
「えー」

こちとらチアリーディング部のキャプテンで、一時の感情で勝手に動いたりできないことくらい分かっているだろうに。二人とも納得いかないと言うような顔でじっと睨みつけるように私を見ているが、それくらいで屈するなんて思わないでほしい。もしくは私が木兎先輩の言葉に答えるとするならば、明日以降なのだ。というかホント、色々頭の中を整理したい。‥もしかすると、あれは告白ではなかったのかもしれないし、ただの聞き間違えで勘違いかも。‥と、思い出せば思い出すほど頭の上から湯気が出てしまっている気がする。

「おーい!」

私が考えていることは間違っていない。先に学校に戻るのが先、自分の気持ちは後回し、やることちゃんと終わらせてから、木兎先輩のあの言葉について考える。‥だというのに、絶対間違っていない筈なのに、本当に男子バレー部員までなに考えているんだろう。こちらに駆けてくる音と声は確かに彼のものだった。片付けは、ミーティングは、‥帰りのバスの時間は?驚くよりも先に逃げたかったけれど、ユミと井上が背中を無理矢理押すせいで木兎先輩と目が合ってしまう。‥わざわざ来てくれたのに、無下にはできない。そう、これが惚れた弱みってやつかもしれない。

「まだいた!よかったー!これで帰られたら俺だいぶショックだったわー!」
「木兎先輩、バス、バスは?」
「いやーあんだけ盛大な告白したらもう答え聞きたくなるだろ?だから今聞きに来た」

開いた口が塞がらない。ここに二人も関係のない人がいるというのに、それを分かっていても尚ここまで来てしまうとは。

「俺はちゃんと返事をもらえねえと帰れない男なんだ!」
「は‥はあ‥」
「好きなんだ夜鷹のこと。マジで。あかーしのこと喋ってる夜鷹見るたびにすげーモヤモヤしてた。俺のことばっか見てればいいのにってぅもが!」
「えっ待って、ちょ、もうっ二人ともどっか行っててよ!」

嬉しいけどめちゃくちゃ恥ずかしい、自分に対しての愛の告白を友達と後輩に聞かれるなんてどんな罰ゲームだ。慌てて木兎先輩の口を両手で塞ぎ、ユミにも井上にもさっさと離れるように促した。しぶしぶ、にやにや。そんな表情のままゆっくりと仲良く去っていく様子を見ると、後から根掘り葉掘り催促されそうである。‥というか、井上凄いなぁ。メンタルが強いとはああいうことなのだろう。

「もう‥木兎先輩、TPOって知ってます‥?」
「トッポ?俺トッポ好き!」
「それはTOPPOです!綴りも違う!時と所と場合ってことですよ!めっちゃ恥ずかしかったじゃないですか‥!」
「そか?いーじゃん。本当のことだし」

けろっとした顔で、逆に私が恥ずかしがってるのがおかしいみたい。‥でも、そうだ。木兎先輩はこういう人。真っ直ぐだから、自分に正直だから、大勢の人の前で私を好きだって言うことに躊躇がない。私もそんな木兎先輩だから好きになったんだって、改めて思い知らされる。

「‥なあ、夜鷹、‥返事は‥?」

小さな子供みたいに少ししょぼんとした先輩が、眩しい太陽みたいに皆の中心で笑う木兎先輩が、‥全部全部、好きだ。ふわっと割れ物を扱うみたいに触れた大きな手が少し震えているのがなんだか可愛くて、小声で一言囁いてみる。

「‥私も好きなんです」

その時の彼の顔は、きっと私しか知らない顔で笑ってたんじゃないかな。

2020.02.14

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