目を見張るほどの、息を飲むほどの、驚くべきスーパースターがそこにはいた。

梟谷学園に初めて来た時、入学後すぐに体育館で部活紹介があった。恒例行事であることは既に分かっていたけれど、わたしはもう入る部活を決めていたし、なんとなく目に映しているだけで、ぼおっと眺めるだけ眺めて、頭の中では多分違うことを考えていたと思う。
そんな時視界に突然現れた一際元気な人は、一歩力強く踏み込んだと思ったら、大きな翼で羽ばたいたように飛び上がって、美しく宙を舞った。ネットの向こうを超えて打ったスパイクは、打った「彼」の気合いの良さで見事にホームランだったけれど、それでも「カッコイイ」と思わずにはいられない。真っ直ぐの瞳は、今までになく眩しくて、瞬きをすることすら戸惑った。

それが木兎光太郎先輩という人だと知ったのは、京治が梟谷の男子バレー部に入部してすぐのことだ。









「いけいけ木兎ー!ナイスキー木兎ー!」

凄い歓声が会場いっぱいに響いて止まない。それもその筈だ。なんと第2セットを梟谷が逆転し返し、奪い取ったのだ。そうして第3セットも奪い取り、現在第4セットの24対23。急に人が変わったようなキレの良さを発揮している木兎先輩だけれど、なんというか、とても冷静に見えた。静かなのだ、彼の雰囲気が、異常に。いやいつも賑やかだから余計にそう見えるのかもしれないけれど、まるで嵐を身体の内に閉じ込めたような感じがする。

「木兎さん、調子戻りましたね」
「‥なんか違え‥」
「?なにがですか、」
「周りが凄え静かなんだ。ボールが良く見えるっつーか、ここにくる、ここまでくる、って分かる。スパイク打つ時にどこがガラ空きになってるか分かる」
「‥木兎さんそれ、」
「俺‥もしかして全世界、いや宇宙一最強になっちゃったんじゃねえの‥!?」
「は」

相手チームが慌ててタイムアウトを取って、梟谷のベンチでは京治の体をぐわんぐわんと揺らしている木兎先輩の様子が見えた。なにやってるんだろうアレ。怒っている訳ではない、むしろ嬉しそうだ。というか興奮している‥?

「夜鷹見過ぎ」

私達チアリーディング部も、タイムアウトの時間を使って1分程度の水分補給を挟んでいたのに、当の私が水分補給を忘れてコートをずっと見ていたものだから、ユミが半分呆れ声で近付いてきた。驚いて飛び上がると、何を今更とばかりに私の肩を組んで隣に立つ。木兎先輩が両手をぶんぶんと振れば、それにアクションを起こしたのはユミの方だ。大きく腕を振って木兎先輩に応えている。

「なんか急に調子上がり出したねえ。あんたの愛の力は凄いなあ〜」
「あ‥愛の力とかやめてよ‥付き合ってないんだから‥」
「付き合ってなくても愛の力は出せるもんよ。てかなんで振ってやんないのさ。アレあんたにでしょ?」
「恥ずかしい‥」
「あんな大声で叫んでた奴が言うことかね‥」

よく分かんないわ〜、とユミが呟いた所でタイムアウト終了の音が鳴る。さあ、とばかりにコートに向かう彼の背中はびっくりするくらい大きくて、まさにチームの軸だ。あと1点、だけど、まだ勝ちでも負けでもない。その1点を奪って、やっと勝ちなのだ。
絶対に勝ってほしい。勝って笑って、また手を振ってほしい。そしたらきっと、わたしも渾身の力を使って先輩に応えるから。
ーーだから。

空気を裂くようなボールの軌道。強烈なジャンプサーブが敵のコートに入る。だけど、その強烈なボールをなんとか拾って、何本も決めていたエースの人にトスが上がった。やばいくる、打ち込まれる。敵も「勝ちたい」のは同じだから、スパイク1本にも力強さがあった。瞬間物凄い音で叩き込まれる音。速すぎてよく分からなかったけれど、梟谷のコートに落ちた。

「赤葦ィ!!」

1点取られた。
そう思ったけれど、木兎先輩の声が会場いっぱいに響いている。そう、まだ試合は続いていた。まさか、あれを取ったの?誰が?そう考えてすぐにはっとする。ボールの打ち込まれたそこにいたのは木兎先輩だったのだ。落ちた、と思っていたその床スレスレを先輩の腕が滑り込んで上げた。そしてすぐに立ち上がり、京治に叫ぶ。
「俺に上げろォ!」と。

あの日、初めて木兎先輩を見た時と重なった。

「‥あ、」

相手コートの手前、しかも一番奥のギリギリのライン。どうやったらそんな所に打てるのかって疑問になるくらい鋭い軌道を描いたそれは、見事に打ち込まれた。なに、今の。会場はそんな風に一瞬静かになって、梟谷のベンチから次々に沸き起こり始める歓声。多分、ここにいる誰もが「何が起こったのか分からなかった」のだろう。コート内にいた小見先輩達が嬉しそうに木兎先輩に飛びかかっている。

「ねえ見た!?見た!!?何今の超凄くない!!?」
「う‥うん、見た‥」

心臓がドキドキしすぎて壊れそう。おめでとうって叫びたいのに、そんなこともできない。はくはくと口だけが動いて、何か塩っぱいものが中に入ってきた。

「‥げ!!夜鷹泣いてんの!?」
「か‥ったあ‥よかっ‥よかったあ〜‥‥」

ぼやけた先に木兎先輩の顔が見える。なんとなくこっちを見ている気がしたら、ついしゃがんで顔を隠してしまった。いやなんでめっちゃ泣いてんの私、引く!なんか!
我に返った所で涙が引っ込む訳でもなく、ぐしぐしと側にあったタオルで目を押さえていると、周りの音以上に大きな声が聞こえてきた。

「夜鷹!!夜鷹は!!?」
「あーやめてめっちゃ恥ずかしい‥!」
「もう諦めなよ。あれがあんたの好きになった人なんだから」
「夜鷹ー!!勝ったぞー!!俺と付き合えー!!」
「いやお前勢いにも程があるだろバカ!!」

大きく騒ついている。周りの生徒や、一般で見に来ている人達が。‥ていうか木兎先輩、どさくさに紛れてなんか言わなかった?その言葉の意味を理解した時、私はもう顔なんて上げられなくて、整列を促す審判の声だけがなんとか心を落ち着かせることができたのだった。

2019.11.29

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