私達ができることって、励ましたり、元気付けたり、100パーセントの力を120パーセントを引き出せるように鼓舞することくらいしかできない。コートにいる木兎先輩に分かりやすく何かをしてあげられるわけじゃない。そんなことは承知の上だ。それでも応援の力が凄いことを私は知っているからここにいる。

例え不調なのだとしてもコートには立たないといけない彼らにとって、鼓舞は絶大な栄養のはずだ。現在2セット目の終盤、20対24、マッチポイントは相手の高校だった。先輩の不調を見抜いてあからさまな攻撃の的にされているのは見ていても気分は良くないが、それが勝負なのだ。勝負の世界が甘いものではないことは分かっているから余計に積もってくる不安は絶えない。

「今日って3セットマッチだっけ?」
「いや、今日は決勝だから5セットマッチだから長いよ」
「だったらまだ大丈夫か‥不調戻れば良いんだけど‥」

こんなところで負けて欲しくないのは、多分皆思っていることだし、負けるなんてことすら考えていない子だって少なくともいるだろう。だけどここでセットを取られたらいよいよヤバイ。ストレートで負ける可能性だって出てくる。

「いいぞ!いいぞ!赤葦いいぞ!」

見兼ねた京治が、スパイカーにトスを上げるふりをして右手の手首を返した。相手のコートにすとんと落ちた瞬間の梟谷の応援席からは、歓声と共にほっとしたような息の音も聞こえてくる。

「‥やっぱりキャプテンが調子良くないと良くない方に引っ張られちゃうな〜」
「‥どうにかしないと‥」
「あとさあ、あんたもいつもの調子じゃなくない?」
「へ?」
「良くない雰囲気伝染してんじゃないの?」

確かにいつもだったらもうちょっと元気で、人よりも2倍くらい声を出していたかもしれない。気付いたら周りのチア部のチームメイトも、不安そうにコートを見下ろしていた。‥井上もあんなに顔を暗くしている。木兎さんが不調だからなんて言い訳だ。彼等が不調なら、私がもっと、私達がもっと背中を叩いてあげればいいじゃないか。

ねえ。わたしは、応援の力が凄いことを知っているってことを、何度この身に思い知らされてきたんだっけ?

「梟谷ー!!」

渾身の力で目一杯叫んだ。あまりの音量に反対側にいた敵の応援席も静まり返っている。恥ずかしい?そんなもん恥ずかしいに決まっている。でもそれ以上に勝ってほしいのだ。「俺は最強だ」と豪語していた言葉を今こそ思い出してほしくて。

「前を向け!下を見るな!横断幕を見ろ!」
「エッ赤葦の幼馴染どーしたの、」
「‥夜鷹」
「最強≠ノ泥を塗るな!!」

敢えて木兎先輩の目を見て言った。誰に向けて言った言葉かを感じてもらう為に。これで彼の心を鼓舞できなかったらもうそれまでだということも心に留めて。少しでもいい、彼の目に火が着けられさえすれば。

「木兎さん。あの期待にも応えられないなんて男として終わってますよ」
「ゲ!おい赤葦、流石にそれはダメだって、」
「‥なんだよアイツ、超カッケーじゃん‥」

大きな瞳がこれでもかと丸くなっている。後悔はしていない。例え周りがざわついていようとも、くすくす笑われようとも。彼の闘志を動かすことが出来ればそれで満足なのだ。わたしは今日ここに彼等と対等なチームの一員として来ているのだから。恋をしに来ているのではないのだから。

「一本決めろ!押せ押せ木兎!」
「は‥ぶっは、」
「はい笑ってないで援護射撃するよ!後に続く!一本決めろ!押せ押せ木葉!」
「一本決めろ!押せ押せ木葉!」

わたしの声に続いてチアの声が続く。また一つ音量が大きくなったと思ったら、梟谷学園の生徒達も一緒になって声を張り上げていた。21対24、まだ敵にマッチポイントは握られている。とてもじゃないけど有利な試合運びをしているわけではない。負けそうにはなるかもしれない、でも多分負けはしないんじゃないかな、ピンチなだけであって。静かだった会場内は瞬く間に梟谷の応援でいっぱいになっていく。

木兎先輩、もしわたしが「頑張って」メールを送らなかったことが不調の原因だったんだとしたらごめんなさい。でも、もうそんなの忘れちゃうでしょ?こんなどこの高校よりも凄い応援されちゃったらそんなことどうでもよくなっちゃうでしょう?

ちり、と彼の背中に火が見えた気がする。少しだけこっちを振り向いた先輩が「任せろ」と笑った気がした。

2019.09.20

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