「明日の試合応援来るんだろ」

バケツをひっくり返した雨の中なのに、木兎先輩の声はとてもよく聞こえる。頬っぺたを触っていた彼の手はすっと離れていって、それなのに触れられていたそこだけ随分と火傷のようにジリジリと熱が燻っていた。
行きますよ。だってその為に練習してきたんだから。勿論私達ももうすぐ大会だけど、それと同じくらい誰かの為の応援っていうのは大事なことだと思っているから。‥それに、木兎先輩が、出るんだし。

「行きます。確かバレー部が出発するのと同じ時間帯で私達も出発しますよ」
「えっ一緒に行けんの!?なら席、」
「流石に別便ですよ‥」
「エー」

梟谷は、基本的にどの部活も強豪が多い。だから部活動で使う送迎バスの完備複数台されていた。練習試合だったり、合宿だったり、使用頻度が増えればもちろん日程も被ってくるからである。それに、男バレとチアが一緒の送迎バスに乗るだなんてそんなことがあったら荒れるだろう、もちろん色んな意味で。

「俺ずっと不調なんだよ‥そりゃもう吃驚するくらい不調。だれがどう見ても不調」
「‥あの、それって、私のせいとか、言わないですよね‥?」
「言いたくねーけど多分そう」
「あ‥謝ります、本当に、」
「違う。俺謝って欲しいわけじゃねーし」
「‥じゃあ」
「夜鷹のこと本気で好きなんだからはぐらかすなよ」

本気で好き≠ニ言われて嬉し恥ずかしいが5割、ちょっと痛いところを突かれて気不味いが5割だ。じっとこっちを見てくる彼の目から逃げたいのに、目を逸らすことは愚か指の1本だって動かすことが出来ないのは、見つめる視線が強いせいだと思う。いつか誰だったか、木兎先輩のことを猛禽類と呼んでいたっけ。良く分かる気がする、狙った獲物は離さないとかそんな感じなのだ。
はぐらかしてるつもりはなかったけど、彼からしたらそんなようなものだって気付いたら今話さないと、あの時の自分の言葉をちゃんと訂正しないと。まずは何を言えばいい?ごめんなさい?それとも本当は?必死に頭の中で言葉の羅列を繋げていると、はー‥と目の前から大きな溜息の音が。後ろ頭をガリガリと掻いているその姿は、まるで呆れ返っているみたいに見えた。

「‥いいや」

体のど真ん中に風穴が空いたみたいな衝撃だ。今、木兎先輩は確かに「いいや」って、言った。いいやってなんだろう、どういうことだろう、どうでもいいや≠ゥ、それとももういいや≠ゥ。待って、私はよくない。まだ考えてる途中なのに、いっぱいいっぱい、傷付けたくなくて傷付きたくなくて、ほんとにいっぱいいっぱいなの。そうやってあたふたした所で伝わるはずもないのに、彼は私の頭に大きな掌をぽんと載せて、にって眩しく笑ったのだ。

「明日試合勝った後絶対聞かせろよ」
「あ‥あした‥?」
「俺にとっても大事な試合だし?夜鷹にとっても大事だし?だから今急かすのもよくねえよな」

拍子抜けしたままの顔はきっと酷いことになっているだろう。試合勝った後なんて、勝つ前提でそんなこと言っちゃうとかかっこよすぎるでしょ。でも、それが木兎先輩で、そんな彼のことを私は好きになったのだ。自信に満ち溢れて眩しい、光のような彼を。

「‥不調はいいんですか?」
「よくはねーけど大丈夫だろ。俺だしな!」
「根拠‥」
「ぜってー勝てるけど、夜鷹がいればもう怖いもん無えよ。テストも怖くねえ!」
「あれ?そういえばテスト大丈夫でした‥?」
「よかったから俺は今ここにいんの!」

よかった。ちゃんと喋れる、喋れている。ほっとしたら安心して、少しだけ喉が震えた。もうほんの少しだけ手を伸ばせば彼に触れられる距離だ。「明日の試合が終わった後」だなんて、安心が大きくなってしまったせいか、そんなことも守れる気がしない。口から出かかっている。「嘘をつきました」「本当は先輩のこと好きなんです」という、この2つが。私は先輩の方へ体を向けて、体育座りから正座になった。それを見て彼は猛禽類みたいな目を更に大きくさせている。そうしてぐっと一度両の拳に力を入れた時、ふわっとその拳に大きな掌が乗っかった。

「だから明日っつったろ」
「‥ッでも」
「色々聞きてえけどさ」

一喜一憂したまま試合には望めねえよ。‥って笑う先輩はそのまま黙り込んでしまった。小さく唸るように絞り出したごめんなさいは、彼に聞こえただろうか、それとも聞こえなかっただろうか。

「‥お、ちょっと止んだな」

ザーザーから少し弱くなっただけだ。それでもさっきよりは随分マシかもしれない。乗っけた掌をそのまま引き上げられて、先輩の肩と私の頬っぺたがぶつかった。大丈夫か?って近付いた距離があまりにも近くて顔のどこかとどこかが触れてしまいそうで、思わずぱっと顔を避けてしまう。‥でもそれは、私だけじゃなくて、木兎先輩も一緒だった。顔が熱い。‥早く、明日になればいいのに。

2019.08.18

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