体育館の蒸し暑さは、日に日に酷くなっていく。多分、今日が今までで1番酷い気がする。室温、そして湿気、共に。

最近は晴れの日がずっと続いていて、「雨が降るでしょう」なんてニュースが流れた所で一滴だって空から雨は落ちてこなかった。だから、油断していたのだ。だって天気予報のお姉さんだって「今日も1日蒸し暑い日となるでしょう」って言うだけで、雨の予報なんて一言も言ってなかったし。こんなに酷いゲリラ豪雨が降るなんて、予想もできなかった。職員室に鍵を返しに行ったところで雨は酷さを増し、友人達は既に校内から出てしまっている。

「あーもう最悪‥」

明日は、男子バレー部決勝の応援に行く日だ。その為の踊りの練習だってしてきたし、鼓舞する準備は万端で。‥だけど私にはたった1つだけ気掛かりなことが抜け切れていなかった。それは、木兎先輩のことだ。
結局、井上のことは解決したにせよまだ彼とは喋っていない。本当は試合前に「頑張ってください」も言いたかったし、「応援してます」も言いたかったけれど、臆病が邪魔をしっ放しでずっと逃げていたのだ。いつの間にか私が憧れる大きな光は遠くの方へと行ってしまっていて、昔となにも変わっていないんだと思い知らされてしまう。井上とはもういつも通りなのに、木兎先輩とはいつも通りになれない。寂しい。悲しい。‥だって、好きなのに。私のこと、嬉しそうに夜鷹って呼んでくれてたのに。

全く止みそうにない雨を体育館の端っこで体操座りして眺めていると、視界の端に仲睦まじい校内カップルが通り過ぎていく。‥いいなあ、羨ましいなあ。そう思うんだったらもうちょっと頑張りなさいよって言い聞かせてみても、私の中のネガティブな私が「無理だよ」って反発してくるのだ。

「今日も傘持ってねえの?」

空気を全部吐き出して、お手手を繋いだカップルの背中を見送った所だった。置き傘もないし、濡れて帰るしかないかなって思考に少し傾いていた時に聞こえた声は、私の心を酷く揺さぶってくる。おかしい。だって男子バレー部は私達よりも1時間早く切り上げになった筈だ。明日は大事な大事な試合だから。

「‥ぼくと、せんぱい、」
「帰れねえなら送ってくけど」
「あ、‥‥い え」
「‥嫌なら傘貸しとくし」

つん、とした口元はどうやらちょっぴりご機嫌斜めのようである。でもそれをさせてしまっているのは私だって分かっているからこそ、何をまず口にするべきなのか迷っていた。そうやって口篭ってしまったのをいいことに、彼は私から少しだけ距離を空けて隣に腰掛けて、大袈裟に音を立てて座って雨が降り注いでいる空へと視線を投げているらしい。「らしい」っていうのは、そういう雰囲気を感じているだけだ。だって彼の方へ向けないんだもの。何も喋っていないけど、雨の音で静けさとは程遠くて少しだけ安心した。‥今の状況で無音なんて、とても困ることだからである。

早く止まないかな、雨。そしたら傘だって返せるし、「止んだので帰ります」って逃げ出せるのに。‥逃げ出す、か。そうやって逃げんなと言われてきたのにも関わらず私は怖がっている。井上は逃げてない。‥私は、臆病者のまま。

「‥‥夜鷹、頬っぺたに雨が跳ねてる」
「え、嘘、」
「嘘だよ」

「やっとこっち向いた」って、ちょっとだけ悲しそうに笑う木兎先輩の指が左の頬っぺたに触れる。蒸し暑い、そんな空気よりももっと熱を持った太い親指が、壊れ物でも扱うみたいに。ぱちりと瞳があったら全身がむず痒くて、心音がどんどん速度を上げていく。‥久しぶりにちゃんと見たような気がする。木兎先輩のこと。やっぱり好きでどうしようもなくて、「考える」だなんて嘘で、とっても嬉しかったって言いたいのに声が出なくて、頭の中がぐちゃぐちゃになったまま涙の膜が薄っすらと張った。

「お前俺のこと避けてたろ」
「ご、‥ごめん‥なさい‥」
「あ!やっぱ避けてたのかよ!」
「えっ!?だって今!!」
「そーいうのすげー傷付くんだぞ!」

え、もしかしてこの人今カマかけたの?びっくりして膜を張った涙が引っ込んでいく。どうやら、そんなことを言うように仕掛けたというか、いらない助言をしたのは京治らしい。また奴にしてやられたのか私は。ムカつく。そして同時に、ちょっとだけ有難い。木兎先輩と話すタイミングをくれたことには感謝だ。
目の前でぐわっと怒って、ぐににと左の頬っぺたを伸ばされると痛い。だけど、痛いと言えるほどには痛くないのもホント。しゅんとした私を見て少しだけ近付いてきた彼との距離感は、少しだけなくなっていた。

2019.08.10

前へ

次へ