へろへろでくったくたの、決勝戦まであと3日と迫った部活終わりの体育館。蒸し暑い角っこに座って、息を整えながら自主練で流れた汗を拭いていた。もうちょっとしたら最終の鍵締めチェックの先生が回ってくるだろうし、そろそろ終わりにしないとな。あと1回だけ振付の確認したら上がろう、そう考えて立ち上がった瞬間扉の奥から突然大きな声がした。

「せーんぱい!」
「‥あれ、井上?」
「まだやります?振付一緒に合わせていーですか?」
「え‥いい、けど井上帰ったんじゃなかったの?」
「エヘヘ」

誤魔化したつもりなのだろう。下手くそに笑いながら鞄を下ろし、彼女は制服のままこっちへと駆け寄ってくる。よく分からないけど、誰かいれば合わせられるのになと思っていた所ではあったので、いいよと一言ラジカセの戻るボタンを押しながら頷いた。‥どこか元気がないような気がするけど、何かあったのかな。だけどそれを聞いてほしい訳ではなさそうだったので、開いた口はまた閉じてしまった。あんなにいつも元気なのに、珍しいこともあるものである。

「試合の振付する?それとも支部大会用にやり始めたやつ?」
「試合の振付で!ほら、木兎先輩のこと、応援しなきゃだし‥」

ざく。心臓を突き刺すみたいな鋭利な一言に思わずボタンを押した指が止まる。‥そっか、でもそうだよね。好きなんだもん、応援したいよね。ゆっくりと深呼吸をして改めて再生ボタンを押すと、試合の振付とテンポが似た曲が流れてくる。テンポさえ合っていればなんでもいいので、選曲は自分の好みだ。そうして井上の隣へと歩いていくと、リズムに合わせて体が動いた。

やっぱり1年生の中でもずば抜けて上手だ。と、横目でちらちらと動きを確認しながら思う。ダンスの教室に通っていたと入部当初に言っていたから、多分それが他の1年生との差を広げているのだ。

時間にして恐らくたったの5分程。いや、5分もないくらいだ。踊り切った後、満足そうにその場に腰を下ろした井上に私はペットボトルを差し出した。‥今なら言えるかも。そう思って隣に座り込むと、「まだまだ勝てないやあ」って呟いたかと思えば、井上はばたんと後ろに倒れこんでしまった。

「井上‥ってさ、」
「はーい」
「今更?って思うかもだけど」
「?」
「木兎先輩のこと好きなの?」
「えー?‥ん〜‥いや、ぶっちゃけそんなに?」
「は」
「‥って思ってたんですけどね。だって顔とかすっごいタイプだったし」
「なに、どっち?」
「話してみたら‥余計好きになっちゃって」

ぽ、と頬っぺたの辺りがピンク色になって、同時に隠すように体操座りの足の間に顔を埋めてしまう様子に、どうやら本気で好きになってしまったらしい、ということは分かった。‥というかなんだ、最初は恋愛感情じゃなかったのか?だとしたら私のあの焦っていた時間を返してほしいとか考えちゃうんだけど。

私も井上も、その後から何も発言出来ずに時間だけが流れていく。だけど私がこれではダメだ。京治に言われて、ユミにも言われて、自分でもちゃんと伝えなきゃって思ってばっかりで、でも結局口には出せていない。井上は「最初に言ってくれないなんて酷いや」って思うかもしれないけど、‥今チャンスを逃して言わないよりもずっとマシだ。

「‥井上、ごめん」
「はい?」
「私井上に嘘付いてた」
「えっ」
「私もね、‥木兎先輩のこと好きなの」

言った。‥とうとう言ってしまった。誰かを好きだと別の人に言うのは勇気がいることで、そして1番言わなきゃと思っていた井上にやっと言うことができた!
‥そう思っていたのに。

「あー‥あの先輩、それなんですけど、」
「?」
「確信あった訳じゃないんですけど‥なんとなく気付いてた、といいますか‥」
「は‥‥はッ!?」

ちょっと待った!今なんて!?
衝撃的な発言に思わず彼女の方へ二度顔を向けてしまったが驚くのも無理はない。だって好きなのを分かってて、つまりは邪魔をしようとしたということでしょ?つまりは。違いますって言われてもそれは疑われてもしょうがないと思うんですけど。ひひ、と笑う顔はいたずらっ子のそれで、つい殴りたくなってしまった。小悪魔ってやつなのかな、この子。

「嘘でしょ?え?なんなの酷くない?私これでも結構悩んでたんですけど!?」
「だ、だって〜‥先輩があんな可愛い顔して困ってる姿見るの中々ないからつい‥」

なんだその理由。こっちは真面目にずっと悩んでいたというのに。カチン、と頭にくると同時になんだかどこか肩の力が抜けて何も言えなくなってしまう。‥いやでも待てよ。最初こそからかい半分だったとは言え、今は本気で好きになってる井上なのだ。もしかしたら既に付き合ってる、なんてこともないとは言い難い。だって他の1年生から「仲が良い」だなんて言われているし、2人で帰ったりもしたみたいだし。

「あーあ」
「今度は何‥?」
「私も一ノ倉先輩になりたかったな〜」
「なにそれどういう意味?」
「私の口からはぜーったい言いません!」
「‥井上って同期の女の子と仲良くやれてるの?」
「それこそどういう意味ですか?!」

ぷんすか怒る顔までやっぱり可愛いな、と思う。でもそれにはもう騙されるものかと知らんぷり。

「‥付き合ってないですよ、私。木兎先輩と」
「そ、‥か、」

言おうと思っていたことが言えると案外すっきりするものだ。それを聞いて彼女が何を思って何を考えているかなんて、私には分からない。どこか不貞腐れた雰囲気を醸し出していた井上の口からは何度か「狡い」という言葉だけが呟かれているのだった。

2019.07.18

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