あれ以来、木兎先輩と喋ることはおろか会うことも激減したまま、とうとう今週末に迫ってきたバレー部のインターハイ予選決勝。勿論我がチアリーディング部も決勝とあらば応援には行くつもりで日々の練習に力が入っている。‥のだけれど。

部活が忙しいという理由もあるにせよ、私はなるべく男子バレー部に近付かないように心掛けていた。

「最近あんた木兎先輩と仲良いよねーいいなあ」
「えー?そうかなあ」
「そうだよー。昨日も一緒に帰ってたでしょ!」
「んふふ」

そうやってキャッキャと聞こえてくる井上達の声には気付かないふりをしている。どうやら、私が距離をとっている間に彼女は少しずつ木兎先輩との距離を縮めているらしい。全く私に感謝の一つでもしてほしいものである。‥いや感謝されても困るか。今の私にとってそんな情報は大ダメージだ。食らったら限界突破で即死する。
取り敢えず、さっさと帰ってお風呂入って、さっき練習で撮ったビデオを確認しよう。やることはいっぱいあるし、余計なことを考えている暇はないのだ。‥って他のことでも考えていた方が、だいぶ気がまぎれるだけの話なのだが。

「‥夜鷹、あの井上の話ホント?」

隣で制服に着替えていたユミが静かだなと思っていたら、突然すすすとすぐ側まで寄ってきて、こっそりと耳打ちしてきた。あの話?井上と木兎先輩の話ですかね?そもそも井上と木兎先輩が仲良くなったとかなってないとか全然分かんないから私に聞いてこないでよ。いや知らないから、とばかりに部活用バッグへと練習着をぎゅうっと詰め込んで「ねえ」と煩い友人から一歩、また一歩と離れていった。

昔からそうだったっけ。好きな人はちゃんといたのに、結局自分の気持ちなんかちっとも伝えられないまま、そうやっていつの間にか終わりを迎えて知らないうちに離れていく。その時はとても悲しいって思うのに、気が付いたら追いつけないくらい遠くの方にいるから「まあいいや」って考えて自分から「好き」を手放してしまうのだ。‥でも、今回はなんだか違う。今までだったら離れていればほんの少しだけでも好きな人のこと、少しの間だけでも忘れられていた筈なのに、木兎先輩はちっとも頭の中から出て行ってくれないのだ。頭の端にもいかないで、ど真ん中で「夜鷹!」ってずーっと私の名前を、眩しいばかりの笑顔で嬉しそうに呼ぶ。

木兎先輩は私を特別だって、好きだって言ってくれたけど、ここぞとばかりに私が彼のことを避けているからその気持ちも薄れているかもしれない。いや、薄れない訳がない。そしてタイミング良く現れた井上という存在は、多分彼にとって充分に大きな存在だろう。赤点ばっかり取るし偶に空気は読めないけど、まあそこが可愛いところだし、そもそも顔も可愛いし、性格も悪い訳ではないから。‥だけどそれでも、「やだなあ」って思ってしまうのは単純に私の我儘であって。

「ちょっと待ってってば夜鷹」
「んもう‥っだから知らないってば!」
「何怒ってんのよあんた」
「怒ってないし!」
「気にしてんでしょ、男バレのキャプテンと井上が仲良いって話」

気にして何が悪い。だって馬鹿みたいに好きなんだからしょうがないじゃんか。ホントは井上と仲良くしてるなんて考えたくなかったし、でもきっかけになってしまったのは私のせいなんだもん。なんにも言える筈がない。

「好きなんでしょ?キャプテンのこと」

ぽん、と聞こえた言葉に目が丸くなる。
あれ?私ユミに言ったことあったっけ?木兎先輩が好きだって。でもここで動揺なんてしたくなくて、至って平静を装っていると、彼女の口から大きな大きな溜息が一つ吐き出された。その瞬間思い切り両の頬っぺたをべちんと挟まれて、首がぐきんとおかしな方向を向く。

「いだッ!?」
「まだ負けた訳じゃないんでしょ?なーに悲劇のヒロイン面してんだあんたは〜」
「いたい、いだいってば!」
「部活だって勉強だって頑張れるくせしてそこはなんで一歩引いちゃうのさ」
「だって‥先輩だし‥」
「先輩だから譲りますって?なにそのくっだらない恋愛。そんなんだったら悲しそうな顔すんな!」
「くだらな‥って、酷い!私はホントに好きなんだよ!?」
「じゃあ逃げなくていいんじゃないの!?」

ぜーはーぜーはーと呼吸を繰り返すユミの顔はとても心配そうだ。歪んだ瞳で私を見ているの、分かる。高校の3年間、彼女とは学校生活でも日常生活でも部活動でも、ありとあらゆる場所で長い時間を過ごしてきた。その過程の中でこんなに怒鳴られたのは初めてのことで、思わず開きっぱなしになった口は暫く閉じそうにない。

「‥後悔するよ」
「そんなの‥、」

後悔なんてもうしてる。それに、あれ以来一言だって口も聞けてないんだよ。そこからどうやって元通りになれっていうのかな。ぽんこつ過ぎる私の脳みそではどうやったって解決策は思い浮かばないのだ。本当はすごく話したいし、木兎先輩の気持ちにだって答えたいの。嬉しくてたまらなかったって。

井上にもちゃんと言いたい、私も木兎先輩のこと好きなんだって、ちゃんと。

2019.07.08

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