小学校に入りたての頃、私は初めて男の子に恋をした。確かナオ君って名前。明るくて、泣いてるところも怒ってたところも見たことがなくて、元気の塊〜!って子。でも偶に煩くて、先生に時々怒られてた。

京治と同じ幼稚園に通っていたから、その頃既に京治との仲の良さを発揮していた私は、チビッコながら恋の相談もよくしていた思い出がある。「ナオくんってなにがすきかな?」とか「ナオくんとあそんだりする?」とか。自分から聞けばいーじゃんという言葉は小さい京治に持ち合わせはなくて、その身そのまま素直に聞いてくれていたし、なんなら「そんなにすきならすきっていえば?」って助言もあった。だけどそのまま卒園式を迎えてナオ君とは会わず仕舞い。つまりそこから運命みたいな再開はなく、小学5年生の時、新たな転機を迎える訳だ。

「京治、バスケ部の主将の人知ってる?」

バスケ部の主将だった藤原先輩は、わたしと京治の1つ上。そもそもバスケ部でもない京治が知り合いである訳はないのに、私は希望と願望込みで彼にそうやって聞いたのだ。シュートを打つ時の顔や、主将として纏める姿がかっこいいとか単純にそういう理由で恋をしたのだが、どうやら「気になる人のことを京治に聞く癖があるらしい」とその辺から彼も薄々気付き出したのかもしれない。

「‥何が聞きたいか知らないけど、偶には自分で聞きに行ったら?」
「それができたら苦労しないの。オネガイ!」


渋々、という形ではあったが、それからの京治はこちらのお願いを素直に聞いてくれて、なんといつの間にやら1つ上の主将さんと仲良くなっていたのだ。そんなに人付き合い良くはなさそうな顔をしているのに、中々にコミュニケーション能力は高い。そうして結果、バスケ部の主将の先輩と気軽に話せるまでになったのだ。だけど結論から言うと、恋が実ることはなく先輩はにこやかな顔をして中学をさっさと卒業してしまった。告白できるタイミングだって、他の女の子よりもほんの少しだけ仲良く出来ていたと思うのに、1歩、以上に近付く勇気が全くなくて。そんな場面を見ていた京治は、大げさに大きく溜息を吐いて「馬鹿じゃないのお前」って言ったのを今でも覚えてる。

その言葉に対して抑制のなくなった声で「さいてー、ばか」って言ったのも、よく覚えてる。











昔の思い出で頭をいっぱいにさせて待ち人を待つこと数分、とうとう見えた制服に身体が固くなった。部活でもなんでもないのに呼び出すなんて初めてで、こっちの方が緊張しちゃう。
テストが無事に全て終わって、その翌日だ。井上の成果が一体どうだったのかがとても気になって、先輩の権限を使ったのである。手応えがよかったら、もしかすると本当に木兎先輩に約束を取り付けないといけなくなるかもしれない。でも、先輩に告白された後で「後輩と約束しちゃって」なんて凄く自分勝手なことなんて言える?‥いや、無理だ。どうやったって、どう世界がひっくり返ったとしても無理。

「珍しく呼び出されて震えてるんですけど‥なんか怒られます?」
「そんな悪いことした記憶があるの?」
「ないです!」
「じゃあ大丈夫。いや、テストどうだったかなと思って」

私の発言に目をぱちくりさせた井上は、一瞬だけ止まった後に緩々と笑った。それがね、聞いてくださいよ、という声はとんでもなく楽しそうで、嫌な予感を脳裏にべったりと貼り付けたまま私はごくんと唾を飲み込んでしまう。やば、聞こえてないよね?慌てて隣を見た彼女の頬には少しだけ紅色がのっかっていた。

「先輩のお陰が脅迫か分かんないですけど、すっごい出来た!と思います!」
「脅迫なんてした覚えないけど」
「90は脅迫です!」
「でも出来たんでしょ?やればできるじゃん」
「平均90は無理でも、70はいけたかと!」

単純な私はその発言だけで随分と心の鉛がなくなっていくのを感じた。我ながら最低な奴だと思うけれど、これで木兎先輩と井上のデートの可能性はなくなった訳で。‥ということはこのタイミングで「実は‥」と切り出すことができる訳で。だけど、それをさせてくれないのもまた井上らしいと言えば井上らしいと思い知った。

「先輩、デートはダメになっちゃいましたけど、木兎先輩と二人でお喋りとかそういうのは無しですか?」
「えっ」
「わたし、頑張りました!」

いや知ってる、そんなことは当然知っていますけれども。でもそれはちょっと約束が違うのでは?約束っていうか、言っていたこととは違う。
折角言おうと思っていたタイミングを私はそのまま逃し、結局まただんまりに逆戻り。ふんふんと息を少し乱れさせながらキラキラの瞳を向けてくる彼女になんと言えば?だらだらと冷や汗が出てきそうになっている中で、今度は後ろから別の声がした。

「‥夜鷹?」

全部最悪だ。なんでここに来たんですか、頭を悩ませる二大巨頭のもう1人が。そこで逃げなきゃ京治からも拍手されただろうし、「見直した」って謝罪も受ける筈だったのに、井上に「これでチャラにしてね」と一言、木兎先輩の顔も見ずに隣を素通りしてしまった。

‥駄目だ。終わった。全部。
泣きそうな顔はさらせない。誰もいない木の陰に隠れて、自業自得の波に苛まされたまま涙がぼろぼろ出た。

2019.05.25

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