「あ、えっ、と‥」

ナニコレ。告白されてる感じかな、そんな感じか。自惚れではなく、これは間違いないやつだ。だって先輩は冗談とかでそんなこと言う人じゃないはずだから。特別とか、特別じゃないとか。

しんとした室内には、掛け時計の針が動く音があまりにも大きく響いていた。このタイミングで先輩とか京治とかがコンビニから帰ってきたらどうしよう。だってこんなの絶対勘違いされる、‥いや別に勘違いしてもらってもいいし、状況的なその解釈でおおよそ間違っていない。けれどやっぱり頭から離れないのは、憎たらしいながらも可愛い後輩の井上のことだった。学年的にも、今この距離にしても、確実に先輩と近い位置にいたのは間違いなく私なのだ。なのに、私は井上にちゃんと「先輩のことが好き」とは言えてなくて、更に「付き合ってないよ」ってあたかも先輩には興味ないみたいに言ってしまっている。なのにそれで今木兎先輩に「どうぞ今日から特別にしてください」なんて言ったら、先輩後輩というこの関係にヒビが入る気がしてならないのだ。

いや待てよ、だけどそもそも特別って言われてただけで好きだなんて言われてない。それを告白って捉えても大丈夫なの?

「なあ」
「いやっえっとですね、‥それはその‥私が好き、ってことですか‥?」
「そう。好きってこと。俺は夜鷹だけを特別にしたいってこと」

真っ直ぐすぎる瞳とその言葉にドキドキしない女子なんてきっと存在しない。でも、いいのだろうか、こんな少しだけ卑怯めいた真似をして。彼女になれるのは嬉しい、私も好き、だから嬉しい。だけど、‥小憎たらしい井上はそれで納得してくれる?

きっと友達とかにそんなことを零せば「は?そんなの気にしてんの?早いモン勝ちじゃん」って言われると思う。しょーがないじゃんって、言われちゃうと思う。でもそういうのってあんまり好きじゃない。なにを八方美人なって言われるかもしれないけど、多分良くない気がする。私と井上、これからのお互いの為にも。

「夜鷹、」
「あのっ、もうちょっと返事待ってくれませんか!」
「え?」
「か‥‥考えたいので‥」

本当はそんなこと微塵も思っていない。思っていないけど、井上にちゃんと自分の気持ちがどうなのか言ってからじゃないとどうにも気分は良くならないらしい。掴まれた腕はゆっくりと離されて、目に見えて落ち込んだ顔が見えた。心は痛いがしょうがない。‥気持ちは決まってるから、あとは心の中に燻っているそれを取り払う為に行動するだけだ。









「ちょっと話しあるんだけど」

テスト3日前、皆は焦って休み時間でも教室で教科書を開いているというのにどうやら京治は違うらしい。廊下の隅まで連れて行かれた先は、日も当たらなくて少し暗い。「ちょっと話しあるんだけど」の言い方通りに棘のある声は、その表情とよくリンクしていた。

「なに?」
「木兎さんになんか言った?」
「え?」
「勉強会の後から異常なくらいテンション低くて困ってる」

テンション低‥って、え、嘘、そんなに?
理由は分かってる。でもそんなこと、京治に言える筈がない。そして同時に、私は未だ井上に対して行動に出せていなかった。部活のあとの勉強会だってやってる。でも、井上が、今までとは打って変わって、驚くくらいに勉強をしていたのだ。ノートも教科書も真っ黒にして。多分木兎先輩とデートできるようにって、私の言葉を鵜呑みにして、頑張ってる。

「あれじゃあとても木兎さんにボール上げられない」

多分京治は、私が何か知ってると思ってそんなこと言っているんだと思う。でもそれをなんとかするには、まだ私には時間というものが足りなかったのだ。

「‥そんなこと言われたって」
「告白されたんじゃないの」
「はっ!?」
「‥やっぱり」
「な、なんか言われたの‥!?」
「見れば分かるって。木兎さんが夜鷹のことすげえ見てたことなんか」
「‥うそ」
「その様子だと付き合ってないどころか返事もまだなんだろ」
「‥う‥」
「なんで?夜鷹も木兎さんのこと好きじゃん」

なんで、‥って、そんなの別に京治に言うことじゃない。これは私の問題なんだから。少しだけむっとしている京治に、私もなんだかむっとした。だって、私が今考えていることなんて京治には絶対分かんないのに、急かされる筋合いなんてない。それがもし「木兎先輩の調子が悪いから」という理由だけで早く付き合えと言っているのだとしたら、結構、いや相当失礼なんじゃないの?

「なんて言って断ったの」
「断ったつもりなんてない、考えたいって、そう言っただけで、」
「考える余地なんてないだろ、何を今更」
「京治に関係ないじゃん!」

少しイライラしていたおかげで、思ったよりも大きな声が出てしまった。しまった、と口を抑えた時には遅く、先程とは打って変わってなんの感情も読み取れない無表情になっている。‥なんか、地雷踏んだ?と思っていた矢先に大きく聞こえた溜息は、私の心の中を罪悪感でいっぱいにするには充分だったらしい。

「‥木兎さんが試合どうのこうのっていうのは、こっちの話。確かに夜鷹が悪いわけじゃない。だけどお前またそうやって逃げるばっかりで、‥ホント昔から変わんないよな。いい加減見てて呆れる」

くるりと背中を向けて、私の顔なんて見ずにそれだけ放った京治は、暗闇から光の差す廊下へと歩いていく。なんであんたなんかにそんなこと言われなきゃなんないんだ、でも分かってる。私がちゃんとしてないのがいけないからこうなってるんだってことくらい。

「なによ‥」

悔しいけど、恋愛において私は何かを言えるような経験はない。未熟で、未知の世界で、人を好きになるとドキドキして、そして気付いたことは、少しずつ苦しくなってしまうってことだけだ。

2019.04.08

前へ

次へ