京治の部屋にいたのは数人の男の子だけだった。顔は大体分かる。名前もなんとなくだけど分かる。‥多分。でも、ちょっとだけ考えていたことは見事に覆された。マネージャーさんとか居るかも‥と思ってたのに、なんというか野獣の園に放たれてしまったような兎の感覚である。本当に、メンズしかいない。

「‥京治って私のこと男だと思ってる‥?」
「まさか。こんなむさ苦しい中での唯一の清涼剤だと思ってるよ」
「清涼剤なんてこの空間に効果あるの?」
「あるだろ。少しくらい」
「木兎先輩いなかったらグーで殴ってる」
「そんなに怒らなくても」

いや怒るよ、怒るでしょそんな言い方されたら。むかむかしながらも部屋の端っこに身を寄せて、本当に私こんな所にいたら獲って喰われるんじゃないだろうかと不安になっていると、以前ご丁寧に自己紹介をしてくれた木葉先輩‥の隣の人がやたらとにこにこしながらおいでおいでを繰り返していた。えーっと‥いや、この人のことは分かる。だって去年も試合出てたしずっとレギュラーだった筈だし、こちとら全国の試合は全て応援に出向いていたのだから。

「さ‥猿杙先輩‥でしたか‥?」
「あっ、俺のこと知ってた?ってそうだよね〜去年の試合俺全部出てたから」
「俺も出てたし!」
「そこ張り合うとこじゃなくね?」
「まあまあ小見やん‥、それよりこっち来て座りなよ。ごめんね〜突然呼び出したりして」

ほんとだよ。‥って、流石にそんなことは言えないけど、多分私の顔がそう物語っていた。その証拠に猿杙先輩はひょんと困ったように笑っていたのだ。いや、多分猿杙先輩は何も悪くない部類の人なんだろうけど、こんな状況になることを予想して止めることは出来なかったのだろうか。

「あの‥私どうして呼び出されたんでしょうか‥?」
「それはもう木兎の我儘の一択しかないんだよね。ほんとにゴメンね」
「はっ!?俺だけじゃねーじゃん!女子いたら捗るって木葉も言ってたろ!」
「当たり前だろ。男はそういう生き物なんだよ!」

そんなこと言われてもなあ‥。とどのつまり、私は「メンズ達のやる気を出させられる為に呼ばれた」ということらしい。男は単純とはよく聞くが、本当にそうなのかもしれない。

がうがうと煩い先輩達の傍らで、私は「そそくさと帰る」という選択肢を既に奪われていた。まず京治が扉の前に立っているから外にも出て行くことができないのだ。そして、可哀想なものでも見ているような猿杙先輩の目と、隣の小見先輩?(確か)の哀れな顔。どうやらこの2人は私の仲間でいてくれているらしい。それが分かっただけでもなんとなく安心だ。‥だってこの空間に木兎先輩がいるってだけでも実は割と緊張しちゃっているのだ、私は。帰りたい帰りたい、と思いながらも彼がいるのであれば、ほんのちょこっとだけ‥なんて邪な思いがちらりと頭の端を過ぎっていく。そうして、「おいでおいで」を繰り返す猿杙先輩の手に結局折れてしまったのは、私の方だった。

「あの‥出来れば端っこにいさせてください‥」
「あーうん、そうだよね。ほら木兎、こうやって一ノ倉さんも来てくれたんだから喧嘩ばっかりしないでちゃんとやりなって」
「やるし!」
「木兎さん、次赤点取ったら不味いですよ。分かってますよね」
「わ!分かってるし!」

そういえば次のテスト、赤点なんか取りでもしたら夏休みなんて関係なく補習の地獄である。懸念しているチアリーディング部・1年レギュラーの井上もまさにその対象だったので、私も鬼の形相でしごいていたんだった。この状況があまりにも現実味なさすぎるからすっかり忘れていた。

「先輩、私男バレのキャプテン‥木兎先輩とデートできたら、テスト頑張れると思います」

ああ、井上のこと思い出すと同時に例の約束のことも思い出してしまった‥。いや私は約束したつもりはないし、そもそも出来やしないであろうことを言ったのだから。いつも平均50あるかないかを彷徨っているのにそれだけで平均90取れてしまったら逆に怒りたいくらいだ。「今までのこちらの気苦労はなんだったんだ」と。

「夜鷹!ここ教えてくれよ!」

突然ずいっと目の前に現れた木兎先輩の顔に驚いて、思わず頭1つ分後退った。びっくりした、と呟いた時には既に、私と猿杙先輩の間に入り込んでいたらしいその近さに顔がぼんっと火を噴くのが分かる。だが驚くべきはそれだけではない。なんとなく考えていたことがまさか当たってしまうなんて誰が予想していただろうか。数学(3)の教科書の19ページを指差して、なんの疑問も持たずにいるその姿を見てしまうとは。

「‥え‥?わ‥分かりませんけど‥」
「エッ!!」

いやだから、驚愕したいのは私なんですってば。なんでこの人2年である後輩が3年の教科書の内容を本気で分かると思っていたんだろうか。じわりと泣きそうにしょぼんでいる顔がなんだか可哀想。だけど、それすらも可愛いと思ってしまっているのだからいけない。

「な、なんで分かると思っちゃったんですか‥ッ」

つい笑いそうになる顔をなんとか引き締めようとしたけれど、それは数秒程度しか保つことができなかった。

2019.04.18

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