テストまであと1週間を切ったので、私もうかうかはしていられない。というわけで、ここのところ毎日部活は早くに終えて、補習が危ないメンバーを1時間みっちりしごいて、そして今度は家で自分の勉強をする。そんな日も約3日続いた所であったが、突然京治からの電話が鳴った。

『俺の家で勉強しない?』

珍しいこともあるものだ。私の家に来ることはあっても、私が京治の家にお邪魔するのは久しぶりだったから、余計に。別にいいけど、と言いながら適当なトートバッグに教科書とノートと、ちょっとだけお菓子を詰め込んで、最近楽ちんすぎて重宝しているワンピースタイプの部屋着にカーディガンを羽織ってお母さんに声をかけた。今日は休日、部活も休み、しかもまだ昼過ぎ。ということでラフにサンダルを履いて、分かんない所でもあったのかなあと呑気なことを考えていたのが私の運のつきだった。いや、ある意味ラッキーというべきか。

「あかーし!夜鷹きた!!」
「エッ」

いつもの家。
いつもの扉。
いつものインターホン。

‥でも、インターホンを押したらなんだか急に中が騒がしくなったな、とは思っていた。いつも静かでゆったりしている京治の家の中の気配ではない気がする。そう思っていたら、勢いよく開いた扉からにゅっとツンツン頭が飛び出てきたのだ。理解するのにおおよそ数秒要してしまったが、どうやら私はとんでもない中に呼ばれてしまったらしいことが分かってつい一歩後退る。その証拠に、玄関に乱雑に飛ばされたような靴が見えたのだ。しかも何足も。そして目の前のこの人は、凄く嬉しそうに私の腕を引っ張っていた。

「ぼっ木兎先輩なんっでここに!?」
「今日は成績がヤバイ俺の為の勉強会なんだよ。いやあ、夜鷹来てくれて嬉しいわー!」
「待って聞いてないです聞いてないです!ちょっと京治!?」
「来るの早かったね」

来るの早かったね、じゃないわ!アホかこいつ!

いけしゃあしゃあと、さもなんでもないことのように冷静にこの場を対処しようとしているこいつはホントに何をお考えの上で私を呼び出したのだろうか。君に勉強を教えるとかそんな思惑ではなかったのか。つまるところ私はそうだとばかり思っていた、のに。後ろからひょっこり現れた京治の手の上には、トレイに乗ったいくつかのコップとジュースが並んでいる。こんなの、持ってきたお菓子なんかすぐなくなるじゃないか、量が少なくてちょっとお高いやつなんだぞ。‥って、違う。まず考えなければならないことはそんなことではない。

「ねえ、誰が来てるの、今日、」
「誰って木兎さんとバレー部の先輩達だけど‥言ってなかったっけ?」
「一ッ言もね!」

そんなことってある?他の先輩は置いておいても、木兎先輩がいるんだったらちゃんとした服見繕ってきたし、化粧だってばっちりじゃなくてもナチュラルにしてきたし、身嗜みはもっと整えてきた。なのにこいつは「俺の家で勉強」というそれだけしか内容を伝えてこないし、先輩のことを好きだということを知っての上でどうして何も言わなかったのかという疑問がふつふつと湧き上がってくる。‥でもここでは何も言えなかった。何故なら目の前では嬉しそうに尻尾を振っていそうな木兎先輩がいるからだ。

「俺さあ、勉強嫌いなわけ。出来ればしたくない!」
「は、はあ‥」
「でも今日はなんっかすげーやる気なんだよな!なんでだと思う!?」
「わっわかりません、でもやる気なのは良いことですよね!」
「そうだろ!?このやる気が続けばいいんだけどな〜!」
「それより木兎さん、ここは俺の家なのでお出迎えは主に任せてもらわないと‥」
「なんだよいいじゃねえか。ケチアシ!」

べーっ!てまた子供みたいな木兎先輩だ。困惑したまま固まっていると、取り敢えず上がれよって何故か先輩に促されて、私も私ではあ、はい、なんて言いながらサンダルを脱いでしまう。ちょっと京治、何事もなかったみたいにさっさと自分の部屋に消えていくのやめてよ、ジュースが重いからって腹立つんだけど。

「夜鷹って勉強得意なんだよな?」
「得意‥というかあれです、威厳の為といいますか‥」
「イゲン?」
「キャプテンとして、赤点は取れないので‥」
「おお!成る程!」

じゃあ俺の未来も明るいよな!とにぱっと笑う彼につられて、私もなんとなくふにゃふにゃと笑ってしまった。いやだけど、先輩の未来が明るいのかどうかはちょっと私には分かりかねるところである。

だけど、そもそも先輩は重大な所を気付いていない。まず私が先輩より1つ下であるということを。ついでに私が高校3年生の勉強内容なんか、当たり前のようにさっぱり分かっていないであろうということを。

2019.04.13

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