「やばい勉強してない」
「期末まだだと思ってたのになー。時間経つの早すぎじゃない?」
「分かる」

そろそろ、学生が楽しみにしているであろう夏の風物詩がやってくる。だが風物詩とは言え、それは学生だけの特権だ。周りで騒ついている声を聞きながら私は大きく溜息を吐いて、詰まれたプリントをぺらぺらとめくっては頭を抱えてしまう。毎年毎年悩まされるのだ、チアリーディング部に在籍するチームメイト達の成績に。

「おー今年も1年生は色んな意味で豊作ですな」
「豊作の使い方間違ってるよ‥ユミも中間悪かったんだから他人事にしないでね」
「あはは」
「あははじゃない」

梟谷のチアリーディング部はそこそこ有名だ。なので、大会に出るメンバーは年功序列ではなく、実力で決まる。2年生を押し退けて1年生が出ることだってもちろんあるのだ。‥だが、中間や期末テストの成績が悪かったり、補習を受けないといけなくなった生徒に限っては、有無を言わさず大会には出ることはできない。私はすごく成績が良い訳ではないが、学年でも20位圏内には毎回入ってくるぐらいの成績をキープしていて、勿論それは、キャプテンとしての威厳を保つ為である。

「今年の1年やばいよ〜‥どうしよう‥」
「うはは、ホントやばそう」

部室の机の上で項垂れる私を見て、ユミはけらけら笑っている。いや、笑い事ではない。実力をつけてきた1年生が出れなくなると、もちろんその分だけ別の子がチームの中に入ってくることになるし、練習はきっと倍必要になる。そもそもまだレベルが目標まで到達していないのに、その子に無理をさせてしまうのはあんまり良くないことだと、私はそう思っているのだ。

だからなんとしても、‥なんとしてもレギュラーメンバーの赤点は防がないといけない。

「うわ、井上って頭の回転速そうなのに中間めっちゃ悪いじゃん!ほぼ赤だねこれ」
「あの子の代わりなんていないからなあ‥本気で勉強してもらわないと‥」
「でもさー、井上って好きなことにしか真っ直ぐになれない性格じゃん?どうにかなるのかね」
「とりあえずユミは人の心配より自分の心配して」
「あはは」
「だからあははじゃないって」

乾いた笑いを溢すユミは、勉強のことを誤魔化そうとしているようにしか見えない。とにかく部活が終わったら1時間私が勉強を見るからと伝えれば、物凄く嫌そうな顔をして頭を横に振られたけど、貴女は拒否が出来る立場ではないのだ。










「先輩のおにーーッ!」
「誰のせいで鬼になってると思ってんの!」

教科書、課題のプリント、シャープペンシルに赤ペン。成績の危ない1年生と2年生を私のクラスに全員集めて、部活後の1時間だけ無理矢理勉強させるのは最早恒例事項だ。そもそも中間の時にだって「次回から成績の悪い人は部活の後に居残り勉強させるからね」って言ったはずなのに、それを忘れて勉強をちゃんとしなかった方が悪い。だから、「先輩のおに」っていう方がよっぽど鬼だと思う。

「早く帰りたいー‥分かんないですよもう全然分かんない!」
「分かんなかったらさっさと聞きなさいってば」
「聞いても分かんないですよ〜‥」
「分かろうとしないからでしょ。終わんないと帰れないよ」

うう。うぐ。せっせと勉強している周りが見えないかのように、井上の愚痴は止まらないし、変な唸り声も止まらない。課題のプリントは今回の中間とほぼほぼ同じ問題を顧問が作ってくれていたので、復習と称してさせているところだった。なのに、彼女の課題プリントはちょこちょこ空白だし、自信のなさそうなミミズみたいな文字はイマイチなんて書いてあるか分かんないしで最悪である。やる気あるのかこいつめ。

「やる気出ない‥こんなのやる気でないです‥」
「んじゃあどうやったらやる気出るのよ」
「分かりません!」
「なんで偉そうなの」

最近の若者は‥と言いたいところだが、私と歳は1つしか変わらないので口を噤む。

「‥あ!」

何か褒美でもないとやる気にもならないのかと呆れ返っていると、頭の上にぴこんと光が灯ったように突然笑顔になった井上が、私にひょいひょいと手招きをしている。生意気と思う暇さえなく、溜息を大きく吐いて近付くと、ピンク色を足したような声から飛び出た言葉は、私が予想だにしないものであった。

「先輩、私男バレのキャプテン‥木兎先輩とデートできたら、テスト頑張れると思います」
「は?」
「なので、‥ちょっと手を貸してくれませんか!」

何言ってんのこの子。馬鹿じゃないの?自分の顔面がぎゅうぎゅうに引き攣っているような気がするけど、御構い無しのようだ。きらきらしている瞳に「嫌だけど」とか「ふざけんな」とか、色々言ってやりたかったけれど、踏み止まることができた自分を褒め称えてあげたい。

「‥なんで、私が」
「だって先輩仲良いじゃないですか、お願いします!」

首を縦に振れるわけもないが、横に振れるわけでもない。絶対に嫌なのに、私がすぐに回答を出せないところを見てさらに井上は「約束ですよ!」と言い放ったのだ。

付き合ってない、とは言ったけど、好きじゃない、とも言ってない。でも、自分の心の内を言葉にできるほど強くもないから、出来もしないであろう「期末で平均90点取れたら、考えてあげても‥」という言葉を口から出してしまったのだった。

2019.04.03

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