飛ばしたバトンがくるくる回って落ちてくる。朝、木兎先輩の告白の返事をこっそりと聞いてしまってから、なんだか心はどんよりしていた。私も告白なんてしたら、あんな風に言われちゃうんだろうな‥なんで今日こんなに晴れやかすぎるくらいの良い天気なの‥私は曇りがかって心の中で土砂降りになりそうなんだけど‥。

「夜鷹あぶな、」
「へ、っいぃッ!!」

ぼんやり真上を見上げていた癖に、落ちてきたバトンを全く見ていなかったせいでおでこに直撃した。ガツン!という大きな音は、周りの部員達がこちらを振り向くくらいの鈍い音を立てていたらしい。っていうか、めっっちゃくちゃ痛い!目じゃなくて良かったけど、多分当分の間はおでこの真ん中が赤くなったままだろう。こんなヘマしたのいつぶりだったかな‥確か1年の秋頃だったっけ‥調子乗って高く飛ばしたら見事に取り損ねて頭に落下、あの時は本気で頭が割れたかと‥

「夜鷹大丈夫!?ちょ、誰か氷持ってきて!」
「お‥お気になさらず‥」
「するっつーの!あ、他は自主練続けててー!」

背中を押されて、近くの椅子に座る。何事かと見に来た下級生や同級生を散らして、あれこれと世話を焼いてくれるユミが、後輩が慌てて持ってきた氷の入った袋をタオルで包んで、赤くなったおでこに乗せた。あー‥痛い、きもちい、痛きもちい‥。

よくよく考えれば多分、付き合わなくて良かったとか、そういう感想が出てくるものなのかもしれない。いやむしろそれも思ってる。‥だけど、あんな風に拒絶されてしまったら、もしかしたら部活に支障が出てしまうくらいには凹むだろう。分かんないけど、実際バトンが落ちてくるのを忘れているくらいぼーっとしていたんだから。

「大会も近いんだから気を付けなよ」
「ごめんごめん‥あーほんと痛い、久しぶりにやっちゃったなあ‥」
「てか、なにぼーっとしてたの?珍しい」
「天気が良くて‥」
「はあ?」

私の訳の分からない返答に、ユミが首を傾げている。はい、どうもすみません、木兎先輩のこと考えていたんです、‥なんてこと言える筈がないじゃん。その言葉を心の中に押し込めて苦笑いで誤魔化した。多分そんなことを言ったら「そんなに好きなの?」ってからかわれるし、「恋愛持ち込むのはなくない?」って怒られる気がする。そもそも、梟谷のチアリーディング部キャプテンとして、私事を持ってくるのはよろしくないことだ。‥まあ、それを分かっていても木兎先輩のことを考えて落ち込んでいる訳なんだけど。

「ごめん、20分くらい休んでから全体練習にするわ‥」
「いやあんだけハデにぶつけたんだからもうちょっと休んでなさいよ。脳震盪でも起こして倒られても困るし‥あ、てか保健室行っとく?」
「いやそこまでじゃない。やばかったらその辺で横になるから」
「りょーかい。全体練習衣装でやるんでしょ?見てるだけでもいいから」

今年入部してきた新1年生は、だいぶ上手くなってきた。踊ったりするのが苦手な子達も多かったし、加えて身体が固くて本当に踊れるのだろうかと心配な子達もいたけれど、顧問の先生や私達の言ったことをしっかり守って毎日ストレッチをしてくれていたおかげで動きも滑らかになったし、これは大会でも中々期待ができそうな気がする。そして部活動の応援に行っても、盛り上げることができそうだ。

「あ、ねえ、男バレ戻ってきたみたいだよ」

ストレッチをしていた同学年の女の子が、ふと気付いたように声を上げる。どきっと心臓が大きく音を立てているのが分かったけど、ユミにも誰にも気付かれないようにしないとと思っていた。‥のに、バスの到着音が耳について離れなくなってしまった。バスから降りてきたのか、騒つく声も聞こえてくる。今日の試合どうでしたか。活躍しましたか。何点取ったんですか。聞きたいことは山程あるのに、多分そんなこと聞ける余裕なんて私にはない。

「勝ったのかなあ」
「あの感じは勝ったんじゃない?あ、赤葦君降りてきた」
「てかさあ、男バレの顔面偏差値って高いよね〜‥」
「‥そういえば聞いた?1年生にすっごい可愛いって噂の子いるじゃん?なんかさあ、三年の主将の人に告白して振られたらしいよ」
「えっそれほんと?」
「わっかんないよね〜男って。あんな可愛いのに」

こら。部活中になに話してんの。‥ちょっと待った、今なんて言ってた?

どうやら木兎先輩に告白したのは、入学式から可愛いとの評判を独り占めしている女の子らしかった。顔をよく見てないから分からなかったけど、その子、知ってる。可愛くて、ショートカットの似合う女の子だなって思ったのが第一印象だったから。‥え、あんな可愛い子振っちゃったの?って女の私でも驚くくらい可愛い子。なのに、そんな可愛い子なのに、木兎先輩はあんなに冷たい声でNOって言ったんだ。逆に凄いっていうか。

‥私に勝機がなさすぎる。

「‥ねえ夜鷹、例の先輩降りてきたみたいだよ」
「そっかあ‥」
「なによ。もうちょっと狼狽してくんないと面白くないじゃん」
「私で遊ぶのやめて」

こっそり耳打ちしに来たユミは、やっぱり私をからかいたいらしい。今そんなにメンタル強くないから、と思いながら、がやがやと煩くなってくる声をタオルで遮断した。会いたいし話したいけど、会いたくないし話したくない。矛盾ばっかりが心の中を埋めて、どうしようもなく悲しくなってくる。

「なー、まだ部活中?」
「わっ!は、はいまだ部活中です‥!」
「そっか。‥あ!夜鷹!」
「ヒッ」

やばい、見つかった。タオルで耳を塞いでいるとは言え自分を呼ぶ声に無視も出来ず、ちらりと声の方へと向いた。凄く良い顔で手を振る木兎先輩がいる。

「勝ったぞー!」

きゅうと胸が締め付けられてしまうと、やっぱり先輩のことが、好きで堪らないって思うんだ。

2019.03.22

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