いつも行くファミレスなのに、何故だかいつもと味が違った。それはきっと、先輩と2人でいるからだ。「旨えな!」って嬉しそうな顔にも、部活のことを喋るだけではしゃいじゃう声にも、勉強のことで少しだけふてくされたように下がる目線にも全部ドキドキしちゃう。子供みたいな所もあるけど、時折見せる真剣な眼差しには叶わなくて直視が出来たり出来なかったりした。でも、私は終始笑っている。先輩といると、とても居心地が良かった。

「あの、やっぱり悪いですよ‥」
「いーんだよ。今日は俺が払う!」

スパゲティ2皿分を(私が食べたのは1皿分程度だけど)、お会計の時に全部出してくれた木兎先輩。もちろん奢ってもらうつもりなんて全くなかったし、「奢ってください」ってことも言っていない。まさかアルバイトなんてしている訳がないから、きっとお父さんかお母さんからもらったお小遣いの筈だ。なのに先輩は払った後もお店から出た後もずっと楽しそうで、私の一歩前を大股で歩いている。

「明日頑張ってくださいね。絶対応援行って、梟谷の試合を盛大に盛り上げたいので」
「当たり前だろ。全部勝つから、全力で応援に来いよ!」

明日は男子バレー部の大事な初戦。木兎先輩は3年生で私は2年生。1学年違うだけで校舎も違うし、会える機会だって限られている。接点は少ないけれど、またこういう風にまたご飯行けたらいいな、ううん、ご飯じゃなくてもいい、一緒に帰るだけでも、ちょっとお昼に会ってお話するだけでも、なんて。我儘だけど、一度経験してしまったらそう考えてしまうのは仕方のないことなのだ。

「んーーにしても本当は自分で稼いだ金の方が気分いいんだけど‥‥それはまた今度だな」
「バイトする予定あるんですか?」
「いや?まだないけど」
「やっぱり部活やってると出来ないですよね」
「でも俺卒業したらバイトとかやってみたいし、そしたら夜鷹にちゃんと自分が稼いだ金で奢るな」

へへ、と笑ってこちらを向いた顔は、ちょっとだけ照れ臭そうだ。そして、言われた瞬間こそ分からなかったその言葉の意味をふと考えた時に、え、と顔が固まってしまう。だって、卒業するのは先輩の方が早くて、私はその1年後なのだ。もちろんその頃には私も部活はもう引退しているかもしれないけれど、大学受験で忙しい可能性だってあるし、おいそれと木兎先輩に会いに行こうとするのはきっと難しいはずで。‥と、いうことは、その、

「‥卒業しても、私に会いに来てくれるってことですか?」

するすると口から出た自分の声にはっとする。吃驚して思わず口を押さえようとしたら、ぱし、と手首の辺りを優しく掴まれた。痛くはない。むしろ、熱い。覗き込んできた瞳は何度か瞬きを繰り返してこちらの様子を伺っている。激しい動悸に目眩がしてくるけど、この間みたいに倒れる訳にはいかない。だって、先輩が今何か≠言おうとしていることくらいは分かっているのだ。

「うん」

歩道の真ん中辺り。車の音と、人の喋り声と、風の音を掻き消すくらいの、自分の心臓の音が煩い。

そのまま行きの時みたいに私の手を繋いだ木兎先輩は、ぐいっと何かを誤魔化すみたいに強めに引いた。行きも帰りも、この手が繋がれている意味は分かっていない。聞いてみる勇気もある訳がないから、ずっと自分の心の中で少しずつ積もっていく。ちょっとだけ関係が前進しているのかもしれない、でも、そうやって思っているだけかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、‥そうやって考えているだけで心の奥の方がむず痒い。私ばっかり好きが溢れて苦しいのに、苦しい分だけ幸せもいっぱいで、口から零れ落ちてしまいそう。

「夜鷹ってさ、好きな奴いる?」
「い、‥‥言えないですよ、そんなこと」
「言えないってことはいるんだな」

そう言う先輩は、好きな人、いるんですか。

声にならなかった言葉は、そのまま喉の奥に押し込めて飲み込んだ。こうやって手を繋いでいることも、一緒に歩いていることも夢のまた夢のようなことだから、もしかしたら先輩も、私が先輩のことを好きなように、私のことを好きでいてくれているんじゃないかってほんの少しだけ期待をしつつ大きな彼の掌をぎゅっと握りしめた。

たったそれだけで、私のこの想いにも気付いてくれればいいのに。










「好きです」

翌日の朝、朝練習を終えてのことだった。お弁当箱を部室に置いてきてしまったことを思い出して、Uターンしていたら、目の前の奥左側からそんな声が聞こえてきたのだ。うわ、人様の愛の告白を聞いてしまった。でも決して私が聞き耳を立てていた訳ではない。そんな所で人生の一大決心を目論むから悪いんだ。そうだそうだ。

用のある部室に行くにはその奥の階段から行くのが一番早い。そうして、さてどうしようかと足を止めた。この先がどうなるかなんて正直興味がないので、しょうがないけど遠回りするしかないかな、と思い、くるりと回れ右をする。午後練習は合わせが多いだろうし、帰りも遅くなるだろうなあ。昨日みたいな幸せな時間は、当分ないかもしれない。でも、思い出すと魔法にかかったみたいに幸せになれた。

「あー‥ありがとな」

ぴた。声の主に気付いた瞬間、右足が急に動かなくなった。気不味いような苦笑いのような複雑な音に、足の先からどんどん冷えていく。

まだ学校にいたなんて知らなかった。そういえば、専用バスがまだ正門前に止まっていたような。

「だから、あの、」

そうだ。私が好きになったということは、他の人にだって絶対かっこよく見えているんだもの。だから告白なんてされることだってあるだろうし、私なんかより仲の良い女の子の友達だっていてもおかしくない。

もしかしたら特別かも≠ネんて、舞い上がって、私。

「っつ、付き合っ、て、くださ、」
「俺今そういうの考えられないんだ」

彼を引き留めるような可愛い音を遮って、がしゃんとシャットダウンする。その言葉にショックを受けたのは告白をしていた女子生徒だけではなかった。聞き耳を立てていた私の心臓に突き刺さった刃は、どんどん深く奥へと向かう。聞いたことがないくらい冷たい声がずっと頭の中にぐわんぐわんと鳴り響いて、目の前がじわじわと熱を持つ。

こんなの、勝手に振られたようなものじゃないか。だったら、本当に、昨日触れた掌は、握られた掌の意味はなんだったの。幸せだと思っていたのは、私だけだった?
ねえ、木兎先輩、教えてくださいよ、

2019.03.14

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