これでも、今読んでいる本は「読みたくて」読んでいた本である。だけど全く頭の中に内容が入ってこないのは多分、‥というか絶対木兎先輩のせい。20時という時間は既に15分程過ぎているけれど、部活があるから多少遅れるであろうということくらいは予想がついているから、いつ連絡が来るのかなとドキドキしっ放しでこの15分間を過ごしているのだ。

お腹空いた。‥だけど、だからってハンバーグ定食とかチキン南蛮定食とか、すごいがっつり系の食事を木兎先輩の前で食べたくはない。だって、女の子は好きな人には絶対に「可愛い」って思われていたい生き物だから。‥とは言え、こっちだって体を動かす歴とした運動部であることは間違いない。今日も例によってたくさん練習してきた後なのだ。だから、正直イチゴパフェなんて無理だし、蜂蜜とバターとカスタードのパンケーキだって無理だし、大人しくスパゲティなんて気分でもない。でもそこで定食頼んでばくばく食べちゃうのはもっと無理だ。

「‥あ、」

300ページもあるうちの半分は捲っている癖に、ずっとファミレスのメニューのことばっかり考えていた頭が突然覚醒した。机の上に置いてあるスマホが震えたからである。ばっくんばっくん煩くなってきた心臓をなんとか深呼吸して落ち着かせて、そっとロック画面を見てみると、そこには完結に「終わった!」っていう文字と共に木兎先輩の名前が、

「終わった!!」
「ひいっ!?」

読んでいた本を床に落として、そのまま椅子からひっくり返りそうになってしまった。だって、急にドアが開いたと思った瞬間木兎先輩が出てくるなんて思わないから!緊張とかのドキドキじゃなくて、只々驚くばかりである。

っていうか普通メール寄越してすぐに登場するかな!?

「待たせてごめんなー!ゲーム長くなっちまって!待ったよな?」
「だ、だだだ大丈夫です、」
「震えすぎて携帯のバイブみたいになってんぞ?もしかして腹減りすぎてんのか?」
「そんなには、」

そんなに震えてはないと思う、吃驚はしてるけど。なんとか心を落ち着かせて、落ちた本を拾ってそのまま鞄の中に納めると、今度は何に安心したのか私のお腹が盛大に音を鳴らした。ぐうう、って、多分目の前にいる先輩の耳にも届いているのは間違いない。恥ずかし過ぎてぼわっと顔が熱くなって思わず固まってしまった。最悪、最悪だ、先輩の顔、ぽかんとしたまま口が開いている。だってお腹空いたんだもん、しょうがないじゃん、人間の生理的現象なんだから!‥なんて思ってたって、口からそれが出ないことにはなにも始まらない。

「よかったー!」
「はい!?なんにもよくないですよ!」
「なんで?」
「なんで、って、恥ずかしいじゃないですか‥!」
「いいじゃん。だって俺も腹減ってんだもん。2人で美味しいもんたくさん食べようぜ!」

美味しいもん、って言ったってファミレスだよ‥?他に学生が行けそうなお店なんて、せいぜい某バーガー店くらい。いやバーガーだったらファミレスの方がいいな、と思っていたら、まるで当たり前かのように右の掌を掴まれた。一瞬何が起こったのか分からなくて、あれ、この手はなんだろうって目が点になってしまう。部活を終えたばかりの大きな大きなそれは、まだ熱くて、私なんかと違って分厚くてがっしりと固い。いやそんな悠長なことを考えている場合ではないのだが、もうそうやって考えていないと、頭の中がドッカンと爆発しそうだった。

「夜鷹の手ちっちぇーな」
「せ、先輩が大きいだけだと思いますけど‥」
「そうか?周りの奴らとそんな変わんねーけどなあ」
「男バレ大きい人ばっかりですもんね」
「マネも結構大きいぞ?」
「え、そうなんですか?」
「こういう風に握ったことねえし分かんねえけど」

ほら、って繋いだ手をわざわざ上に挙げて、まるで手を繋ぐことが「普通のこと」みたいにしている先輩に私の思考はまるで追いついてこない。嬉しそうににこにこしている先輩は、なんでもないように「やっぱちっせー」って楽しそうだ。これ、友達‥それこそユミとかに見られでもしたら「え?なに、そもそももう付き合ってんの?」とか言われちゃいそう。私的には全然オッケー。でも、木兎先輩的にはどうなんだろう?どういうつもりでこの手を繋いでいるんだろう?

「何食おっかなー!」

顔も真っ赤じゃない、いつもと変わらない木兎先輩のこの様子はきっと、なんとも思われてない証拠なんだろうな。それってなんか、凄く寂しい。けれど、他の女の子にもこういう風にしてるのかなって思っても、そういう雰囲気な所は一切見たことはないから、私が考えているよりは特別扱いしてくれてるような気がする。京治だってなんか、‥なんか色々言ってたし。‥まあ、学年だってそもそも違うから、先輩の全てなんて見れる訳じゃないんだけどさ。

2019.03.05

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