「ただいまあ‥」

疲れた。ただ、ファミレスでポテトとジュース飲んだだけなのに、根掘り葉掘りユミに木兎先輩とのことを聞かれ続けて疲労困憊だった。別に何かがあったわけではないし、話を聞いたって存外「一大恋愛イベントでもあったのかと思ったらそんだけなの?」って他人からみたら言われそうだと思っていたのに、ユミの食い付き様も充分に良かったものだから困る。なんであんなに人の恋愛に興味深々に聞くんだろう。いやまあ確かに、私も逆の立場だったら聞いてないことはないけど、前のめりで目を輝かせたりはしていない、‥と、思う。「木兎先輩よりは私は赤葦君だなあ」って、ユミのことは何も聞いていないのに自分から赤裸々に話す辺り私に聞いてほしかっただけなのかも。

「お邪魔してます」
「‥いや普通に居すぎでは‥お母さんも京治のこと簡単に上げすぎだよ」
「今更何言ってんのよ、京治君のことは家族みたいなもんなんだから普通に招き入れて当然でしょ。あ、何飲む?」
「いえ、お構いなく」

なんとなく、玄関に見慣れない靴があるなあとは思っていた。だけど京治にしては見たことのない靴だったから違うだろうと確信していたのに、リビングにいたのは煎餅片手にソファで寛いでいた京治だったのだ。どういうこと。うちに娘はいても、息子なんていないんですけど。っていうか「何飲む」って私に聞いてたんじゃなかったのか。

何をしに来たかは分からないが、ここに来るということは十中八九私に用事だろう。ならさっさと話してくれればいいのに、テレビに目を向けたままの京治はたまにフフ、と笑って煎餅を齧っている。相変わらず何考えてるか分かんないやつだな。

「あ、やだ、‥ごめん京治君、夜鷹、ちょっと買い忘れたものあったから留守番してもらってていい?お父さんもうすぐ帰ってくると思うけど」
「えー、じゃあプリン買ってきてー」
「京治君は何プリンがいい?」
「お任せします」

おーい。頼んだの私なのに、私には何故なんにも聞かないんだ。まあいいけど。そんなことをぐちぐち考えながら、財布と車のキーを持ってどたばたと出て行ったお母さんの姿を見送った。多分焼きプリンを買ってきてくれると信じている。京治のことが大好きなお母さんだけど、娘は私だもんね、信じてるよ。

さて、それより問題は京治である。こいつホントに何しにきたんだ。さっきから一向に喋る様子が全くない、‥どころか、ずっと視線はテレビに釘付けだ。宿題とか課題とかなんかあったっけ?‥いや、その場合泣きつくのは大体私の方だからそれは違うか。言ってて悲しいけど。

「夜鷹」

ばりばり。煎餅の4分の1を全て口に放り込んで、タイミングを見計らったかのように京治がこちらを向いた。なによ、やっぱり用事があったんじゃないか。話しを聞こうと私も隣に座って、残りの煎餅に手を伸ばした。

「これ、俺の独り言だから対話するなよ」
「は?急に何言ってんの?」
「木兎さん最近俺が夜鷹の話ししようとすると機嫌そこねるんだよな‥」
「‥?」
「の癖に自分から夜鷹の話しはしてくるし」
「えっそうなの?」
「対話なし」
「えっあっごめ、‥ってなんで私が謝んなきゃいけないの、」

え、なにこのよく分からない京治の独り言。そんなの反応しないわけないじゃんか。それからも、1人ぶつぶつと何かを呟いては、いちいち溜息の音が聞こえる。「ファミレス行きたかったのに!って煩かった」とか「チアのキャプテンの女の子がな、」とか、その他諸々。話しを聞かされているこっちがなんかすんごい恥ずかしいんだけど。

京治の話しを聞く限り、どうやら木兎先輩は私のことをよく思ってはくれているらしい。「らしい」というのは、まだ確定かも分からないことを信じようとは思わないからだ。だって勘違いだったらただの痛い女の子だもん。というわけで、私はなんとか右から左に京治の独り言をするすると流しているのだが、流石にそろそろ打ち止めしたいところである。仮にもこんなに嬉しいことを言う京治だが、実質裏で何を考えているか分からないところが‥ないわけではない。

「ということで、そろそろメールくらいしたら」
「なにいきなり突然話しぶん投げてくるのよ。独り言じゃなかったの?」
「見てらんないんだよ。帰り際にそわそわケータイ開いてる木兎さんの姿」
「それ私のせい‥?」
「まあ、100人が100人そう答えるだろうね。スマホ貸して」
「ちょっと!」

手慣れた様子で机の上に置いた私のスマホを弄る。もちろんパスワードロックがかけてあるので操作は私がするしかない。むっすりとしながら「パスワードは?」って言われてもそんなの教えるはずないのに。

渋々と木兎先輩へのメール画面を開いて、ちょっとだけ指が止まる。何を打とう、ってか、なんで京治に言われてこんなことを‥なんて思っていたら、そういえば「今度は一緒に行けるといいですね」ってメールを送ってみようかなって今さっき思ってたんだった。ユミとファミレス行ってからすっかり忘れてた。

「‥ねえ、あんまりジロジロ見ないでよ。打ちにくいじゃん」
「最近の木兎さんの調子の上げ下げに夜鷹が関わってるなんて思いたくないけど決してゼロじゃないのがなんとも‥」
「聞いてる!?」
「まあよかったんじゃないの。あと夜鷹顔真っ赤だよ」

がば!持っていたスマホと煎餅をその場に落として、慌てて両手で頬っぺたを隠す。おい、誰のせいでこうなったと思ってる。くそ、さっきから京治の掌の上で転がされているような気がする。
‥でもちょっとだけ、感謝はしてる。絶対言わないけどね!

2019.02.19

前へ

次へ