初夏はいつの間にか過ぎ去って、もう夏真っ盛り。何もしなくたって汗は滴り落ちるのだから、動いていればそりゃあもう滝のように流れ落ちてくる。鬱陶しくて、タオルが手放せない。くるくる落下してくるバトンをキャッチして自主練を終わろうかと一息ついた所で、ユミが飲み物の入ったボトルを投げてきた。ナイスタイミングとばかりに受け取ったそれは、氷っていて冷たくて、とても気持ちが良い。‥ただ、ユミの表情はとても気持ちが悪かった。

「‥なに、なにニヤニヤしてんの‥?」
「いーえ?ド真面目キャプテンも恋するんだなあと思って」
「その話後にしてよ‥」
「じゃあさあ、この後ファミレス行かない?私お腹空いちゃってさ〜!パフェ食べたい、マンゴーパフェ!」
「今さっき太らないようにしないと〜とか言ってなかった?」
「今体内燃焼中だからなに食べてもカロリーゼロ!」
「あんた一生痩せる目標達成しなさそう」

どっかの某芸人の言葉を借りているらしいが、その言葉に現実味なんて全くない。きっとユミも疲れてるんだな、と思いながらTシャツの裾をぎゅっと絞ると、僅かに滲む汗が手に染みた。これからは着替えをもう一枚持ってきておこう。暑いとはいえ汗を掻いたままで帰ったりすると流石に風邪を引く。「そんな意地悪いこと言う!?」なんて言いながら着替えている彼女のお腹は出ていないからまあ今のところは気にしなくても大丈夫だろうけど、部活をやめたその時が怖いものである。

「夜鷹、鍵閉めするでしょ?私皆帰ってるか見回りしてくる」
「りょーかい。いつものファミレスね」
「オッケー」

いつものファミレスというのは学校近くにあるチェーン店で、我が梟谷学園の生徒がよく溜まっている所だ。部活終わりに寄り道をして、そこのファミレスでデザートを食べるのは中々至福のひと時ではあるが、毎回毎回そんなことをしているわけではないことを覚えておいてほしい。テスト前にファミレスに立て篭もって、ドリンクバーで過ごす方がよっぽど多い。

ユミが先に部室から出て、忘れ物やゴミがないか確認するとそのまま私も部室を出た。もうすぐどの部活も公式試合が迫っている。そうなると、私達チアリーディング部も色んな所に駆り出されることになるのは目に見えていた。かつ男子バレー部は数ある部活動の中でも際立って強豪だから、余計に顧問の力も入っていた。

「あ!夜鷹!」
「ひえっ」

部室を出て、そのまま体育館を横切っていこうとした瞬間に聞こえた大きな声が私の名前を呼んだ。びっくりしたまま扉の奥を見てみると、片腕にバレーを抱えた木兎先輩がこちらに向かってぶんぶんと右から左に手を降っている。そんな遠くからよく私を見つけられたものである。だけど嬉しいのはもちろんだし、つい手を振り返してしまうのだって嬉しくてたまらないから。そして、そんな私の手の振り返しが木兎先輩自身も嬉しかったのか分からないけれど、近くにいたこの間の男子生徒にバレーボールを押し付けてこちらへと走ってきているではないか。

「なに、今日もう帰んの?」
「は、はい。部活終わったので‥」
「もうちょっと待てたりしねえ?自主練してんだけどさ、もうすぐ終われって言われてて」
「あー‥その、友達と待ち合わせしてて‥」
「だったら仕方ないよな‥どっか行くのか?」
「すぐ側のファミレスです」
「!」

キラッと瞳が輝いたのが見えた、気がする。訳が分からなくて私も瞬きを何度か繰り返すと、小首を傾げて頭の上にクエスチョンマークが浮かんでしまった。どうしたんだろう、喜ぶような要素が一体どこに。そう考えていたら、猛ダッシュで先ほどボールを押し付けた人の元へ走って行ってしまった。「ちょい待ってて!」と一言、私に告げて。

「木葉!片付け終わったらファミレス行こうぜ!」
「は?なんだよ急に‥俺金ねえし。奢り?」
「奢らねえけどファミレス行こうぜ!」
「お前人の話聞いてんのかよ」
「なあーー!!」
「どーした?なに騒いでんの?」
「猿〜!ファミレス〜!」
「だって、赤葦」
「また木兎さんの駄々っ子ですか‥」

こら、木兎先輩、全部丸聞こえなんですけど。そもそもなんで先輩までファミレスに行こうとしているんだろう。いいんだけど、‥いいのかな。私そもそもユミと一緒だし、彼女は彼女で恋バナする気満々だと思うんだけど。もちろん私はする気ないんだけど、多分喋ることになっちゃうんだろうな‥。

って考えたら、やっぱり木兎先輩はいない方がいいんじゃないの!?

「赤葦はダメーッ!」
「え。駄目なんですか」

悶々とどうやってこの場を凌ごうかと考えていたら、今度は京治の目の前で大きくばってんを作る木兎先輩が眉間に皺を寄せていた。ダメーッて、子供か。‥なんて思いつつ、可愛いなあとついつい笑ってしまう。でも、なんで部活でいつも一緒に行動している京治が駄目なのか。京治も京治で、「そうですか」と興味なさそうにはしているけど、ちょっとだけ驚いているみたいだった。

「木兎はファミレス行く前に明日の小テストの予習しましょうね〜」
「ゲッ!」

マネージャーの人だろうか。木兎先輩の首根っこを掴んで、笑顔を携えているのになんだか怖い。しゅんとしょげている先輩がちらりとこちらを向いた瞬間、なにを言いたいのかを悟ってしまって苦笑い。

後でメールしておこうかな。「今度は一緒に行けるといいですね」って。

2019.02.06

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