まさか、また木兎先輩と一緒に並んで帰れる日が来るとは。

「今日はありがとな!」
「え、」

何がですか、と問いかけたところでちゃんとした答えが返って来なさそうな気がしたが、一応聞いてみることにしよう。重そうなスポーツバッグを肩にかけて笑うその姿は、今日の練習試合が結果良い物になった証拠なんだと思った。最初はしょんぼりしてたのになあ、‥って、ちょっと待てよ、しょんぼりしてたのって私が原因だったんだっけか。ということはなんでですか、という私の言葉がきっかけで話が蒸し返してしまったりして、またしょんぼりするかもしれないということ‥?そんなことを考えていると、私が何か言うよりも前に木兎先輩が「あ、」と思い出したように携帯を取り出した。

「なあ、そういえばなんでメール返してくれなかったんだ?」

蒸し返したらどうしようとか色々考えていた私の脳内をぶった切る言葉だった。悩んでいたのに、まさかそっちから話を振ってくるとは。きょとんとした瞳をしている癖に、眉を寄せて「なんでなのか言えよ」みたいな空気を醸し出して答えを強要している。いや、だってさあ。それはなんか‥メールの内容を読み返して察してほしいところがあるというか、なんというか。

「あの、‥ホントに先輩なのか分からなくて‥」
「俺木兎光太郎ってメール打ったろ?」
「だって私先輩のアドレスとか何も知らなかったんですよ?それで急にメールきて木兎光太郎だーって言われても整理が追いつかないっていうか‥」
「そうか?スゲー分かりやすいと思ったんだけどな‥まあじゃああれか、返したくなくてとかじゃないんだな」
「先輩だって分かってたらちゃんと返しましたよ!」
「そっか。ならいいんだけど」

どうやら本当に、あのメールに返事を返してなかったことが1番の原因らしかった。そんな小さなことで一喜一憂するなんてとも思うけれど、私のメールが返ってこなかったことにしょんぼりしてたとかやっぱり可愛いなあと思う。今日の試合のことや練習のことを話す先輩はくるくるころころと表情が変わって、足取りが軽くなったり重くなったりと忙しないが、様子を見ていても話を聞いていても飽きなくて、つい笑ったり、「凄いですね!」って素直に感想が飛んでしまう。それに対して「だろ!?」って笑う先輩が、凄く、‥物凄く好きだ。

「夜鷹はなんでチアリーディング部に入ったんだ?」
「んー、そうですね、最初に見たのがテレビだったんですけど、丁度バスケ?かなんかの大会の映像で、衣装もすっごい可愛くて。‥それで、頑張ってる人を応援してるのがめちゃくちゃかっこよかったんですよ。だから、やってみたいなあって」

小さい頃の思い出を含めて、やってみたいと思った過去を話すのは初めてだった。付き合いの長い幼馴染の京治にだって言ったことはない。真剣な顔で私の話を聞いてくれている木兎先輩に、昔のちょっとした思い出話をしちゃったりして優越感に浸る。先輩となんでもない普通の会話が出来るようになるなんて、以前なら考えられないことだ。

「小さい頃の夜鷹とかちっちぇーんだろうーな」
「小さい頃なんですからちっちゃいに決まってるじゃないですか」
「あれだろ、ポンポンとか投げて取れなくて泣いたりとか!」
「あ、昔はそんな感じだったみたいです。私がわんわん泣いて、京治が慰めてくれてる写真親が撮ったりしてたみたいなので」
「へー‥‥」
「多いんですよね、京治と一緒に写ってる写真。親同士が面白がっちゃって、私も京治も女の子の着物着てるやつとかあるんですよ」
「一緒に?」
「はい、昔は女の子の服も似合うから〜って、無理矢理着せられて、京治すんごい嫌そうな顔してました、ふふっ」
「やっぱ仲良いんだな」
「え?」
「‥あかーしと」

す、と細められた目はすぐに逸らされて、そのまま前を歩いていく先輩の姿。やっぱ仲良い、っていうか、だって、京治は幼馴染だから、仲良いっていうより腐れ縁っていうか。

「あ、の‥?」

今日の最初に見た、試合前の先輩の姿とダブる。‥というかなんかデジャヴ。なんで急に、と思って追いかけてみたら、なんとなくしょげてるみたいにこちらをちらりと振り返ってくる。

私今、なんかした、?

不安になっていると「ごめん」って一言だけ口をついて立ち止まってくれた。いや、「ごめん」って言われてもなんで「ごめん」なのか分からないんですけど。そういう生意気なことはどうにも言い辛くて、頭をふるふると横に振った。取り敢えず、私はもう気にしなくていいということだろうか。

「よく分かんねーけど、夜鷹があかーしの話しばっかすんのスゲーいやだ」

後ろ頭に手を当てて、嫌そうに顔を歪める先輩の姿は今まで見てきた中でも見たことのなかった表情だった。え、なにそれ、どういう意味。聞いたところで「だから俺もよく分かんねえんだって」って返ってくるから、全然解決に至らない。私の家まであと少し。でも、心の距離は、少しだけ離れたみたいで、少しだけ寂しかった。

2019.01.26

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