今のところの試合運びは、梟谷の全勝である。とは言え、木兎先輩が絶好調だったわけではない。言いにくいが、断じて。

「なんか今日のエースの人の良いとこ全くナシじゃない?」
「そ、そういう日だってあるでしょ!これからだって、これから」
「あと1回試合やったら終わりじゃなかったっけ?」
「う、」

得点していたのは、主に木兎先輩以外の人。なんならセッターである京治もふい、と突然相手コートにボールを落としたりしてて、多分木兎先輩より点数稼いでたと思うが、終始どんよりしている先輩がかっこ悪いというよりも、物凄く心配だった。だってあんな姿見たことないし、それが私のせいかもしれないというなら尚更。‥いやでも私のせいというのはいささか不服なところもあるけど。

「7番の人が木葉先輩、2番が鷲尾先輩、3番が猿杙先輩、色違う人が小見先輩、12番が1年の尾長君、で、赤葦君と木兎先輩ね〜オッケーオッケー。てか前回とメンツあんまり変わってないよね。前は猿杙先輩いなかった気がするけど」
「‥うん、確かに」
「てかやっぱ赤葦君ってすごいよね、2年生で副主将ってやばくない?プレイもなんかクールだし〜」

語尾にハートマークでもついてそうな気がするが、取り敢えずそこはスルーしておこう。私はそれよりも、木兎先輩だ。

少し丸くなっている木兎先輩の背中をばしんばしんと叩くチームメイトは、試合前に軽くミーティングみたいなのをコートの脇で行なっている。話しを聞いているのかいないのか分からない彼を、京治が無理矢理叩き起こすみたいに声をかけていた。大丈夫かなあ、心配だ。木兎先輩が不調でも、しょうがねえなあ、まあでもなんとかなるし、みたいな雰囲気は漂っているけど、やっぱり先輩の調子が良くないと、イマイチ乗ってこないっていうのは正直ある。どうしたら。‥どうしたら、いつもみたいに物凄いスパイクを打つエースの姿が戻ってくるんだろう。
‥どう、したら。

「ぅえ、っちょ?夜鷹どうし、」

ガタンと立ち上がって、二階席の手すりから身を乗り出した。去年やっていた、木兎先輩がスパイク決めた時の声援を思い出す。叫んだ瞬間に「俺!サイキョー!」ってキラッキラと嬉しそうな顔をしていたことを。

思い立ったら、すぐ行動、即行動。
これは、チア部での鉄則だ。

「ぃ、いけいけ木兎!おせおせ木兎ぉ!」
「はい!?ちょっ‥あ、あああんたなにやってんの急に!」

私の声で、大きなこの空間がしんとした。それと同時に背中の服を引っ張る友人の手が元の席へと引き戻す。でも、言わなきゃ私の気がおさまんない。だって、練習試合だろうとなんだろうと、コートの真ん中で堂々と立っている、いつもの元気な先輩見たいもん。

「は、恥ずかしいじゃん!ほら!音駒の人もガン見!」
「分かっててやってます!」
「余計恥ずかしいわ!」

変な髪型をした、先程木兎先輩と喋っていた音駒の人がびっくりした顔をしているのが分かった。そうしてにやって意地悪そうに笑って、先輩に絡みに行っているのが見える。ぜえ、はあ。大声出したことと恥ずかしさで、息が整わないけれど、後悔はしていない。公式の試合と同じくらい、いや、鬼気迫る意味ではそれ以上の声出しだったと自負している。切れ長の目を目一杯広げた京治と目が合ったその瞬間、腰辺りで親指を立てて、ナイス!と言いたげなポーズをするのが見えた。

「オイオイ木兎ォ、チアの主将の応援独り占めなんて羨ましいぞ!」
「流石5本指に入る木兎君は違いますなあ」
「あの子恥ずかしかっただろうな‥」
「まあ相当恥ずかしいでしょうね。それよりいいんですか木兎さん。貴方あんなに見られてるのに、その調子で」
「‥‥‥だろ‥」
「なんですか?」
「良いワケねーだろ‥!」

3年生と京治が、何か喋ってる。何を喋ってるかは分からないけど、多分鼓舞してる。そうして、先輩の猫背だった背中がぴんと真っ直ぐ伸びた。目が合ったその時に、背筋が震える。‥獲物を捉えたような鋭い瞳。そう、それが、見たかった。

「あかーし!」
「なんですか」
「俺に全部寄越せ!」
「!」
「全部俺が決めーる!」
「‥分かりました。ただしその約束ちゃんと守ってくださいね」
「おう!」
「んだよ木兎復活かよ〜」

やっと復活した。よかった。やっぱり、応援の力ってのは凄いんだ。改めてそう感じて、熱くなっていた頬っぺたを両手でべちんと叩く。友人は何が起きたのかと困惑したまま後ろで停止しているが、それはそれで好都合だ。

「‥ッ!」

ビッ。木兎先輩から私に向けて立てられた親指と、眩いばかりの笑顔。応援にしろなんにしろ人はいっぱいいるのに、わざわざ私に向けられたその意味。私と同じような好意というものが先輩には無いにせよ、多分めちゃくちゃ嬉しいものなのだろう。「青春してる木兎を潰せェ!」っていう声が音駒側から聞こえてきたけど、もう先輩は大丈夫なはずだ。だってさっきと顔付きが全然違う。梟谷の空気が一変したのが、見ているこっちからでも分かるから。

「へえー‥木兎先輩と仲良いのねえ‥」
「あ、‥仲良く見える‥?」
「アンタの好きー!っていう感じは伝わった」
「声抑えてください」
「いやあんたはあんだけのことしてる癖に理不尽では?」

2018.12.14

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