『今人気急上昇中のバンド閃光≠フボーカル・なまえさんが結婚を発表されました。お相手はーー』

生温いお水を口に付けながら、スタジオに備えつけてあるテレビを見ていると、CM明けに突然私と飛雄君の姿が映り込んだ。幸い私達以外にスタジオを使っている人はおらず、いつも良くしてくれている店長さんだけが驚いた顔で私を見ていた。隣に座る侑と治は、にやにやとしたままテレビに釘付けだ。

「え‥っえ!?なまえちゃん結婚してたの!?」
「あはは、‥えへ」
「なんだよ早く言えよ〜‥!俺狙ってたのに‥」
「店長それは無理な話しですわ〜。お相手はあの影山飛雄や言うてんのに勝てるわけないやろ〜」
「侑スタジオ料金倍な」
「なんでや!?」

明日からマスコミに追っかけられるかもなあ。むしろ、スタジオの外で待ってたりして。いやそれはないか。ここの店長さんの所は、表向きは音楽スタジオではないし、結構有名どころがこっそり御用達にしているところだから、今の今までマスコミが入ってきたことがないという理由でも重宝されているのだ。それより、店長の言葉にはいつも信憑性が全くないんだから、侑も気に触ること言わなければいいのに‥。

「にしても明日は2ndアルバムの発売日だなんて‥売れっ子は違うよなあ‥」
「せやろ?全ては俺のプロデュースのおかげ‥」
「お前がプロデュースしとるわけちゃうやろ」
「治は一言多いねん!優越感に浸らせろや!」
「なんの優越感やアホ」

どれだけ有名になっていこうとも、双子の2人はずっとこの調子なんだろうな。そう思うとなんとなく不安になってしまう。そのうちカメラを向けられても喧嘩してしまいそうで心配だ。

先程店長が言っていた通り、明日は2ndアルバムの発売日だ。月9の主題歌をさせていただいたことで、認知度も上がり、ダウンロード数も右肩上がり真っしぐら。カラオケでよく歌われている曲でも上位だし、街の人に聞いたアンケートでもよく閃光のバンド名が出されていた。1人で歌っていた頃の世界とは違う、きらきらした、眩すぎるステージ。カラフルに色付いた世界の中で、私は自分の想いを今だに届け出ることができているのだ。

「そういや最近声の調子どうや?」
「え、」
「治ってきとるんちゃう?セーブしとるし」
「ん、んん」

治ってきている。
‥に、素直に首を縦には振れなかった。

だって私、皆に秘密にしていることがあるから。飛雄君にも言っていない、私だけの秘密。
誰にも言えないこと。

「‥そうだ、あのね、新曲持ってきたから、侑も治も聞いてみて」

誤魔化しとばかりに、鞄から取り出した2枚分のCDをそれぞれに手渡した。それに、店長も一緒になってそわそわし始めている。DTMを使えるようになって、自分の中の音作りの幅が広がった。当然作りたい音も、歌いたい音もたくさんある。だから、まだまだ止まりたくない。いや、止まることなんてできないのだ、私は。

「最近作るスピードめっちゃ早いやん!楽しみやわあ」
「あんま無理せんとってや。閃光はなまえがおってこそなんやから」
「治はいっつも優しいねえ」
「俺かて優しいやろが!」

大好きなのは、この人達と音を作ること。大好きな人は、テレビに映っている、バレーボールを持った愛おしい人。私、なんて幸せなんだろう、なんで、こんなに幸せなのに、あと少しだけかもしれないんだろう。

嘘を付く、なんてよくないことが、誰の為にもならないことを、ちゃんと分かっている筈なのに。

「けほ、‥げほ、ゲホッ!!」
「侑煩いわ。なまえが噎せと‥‥っおい?!」

「‥ぁ、」


ぼたぼた。
突如として口から吐き出されたのは、手から溢れてしまう程の赤。真っ赤だ。それが瞳に映った瞬間、さあっと血の気が引いていくのが分かった。床に流れ落ちていくそれを見て、「どうしよう、お店汚れちゃう」って考えて、「どうしよう、バレちゃう」ってそう思ってなんとか息を整えようとした。

「なんで血なんか‥!?早く、救急車!!治は永田さんに連絡せえ!あと影山飛雄に、」
「まって、‥やめて、ぐ、」
「そんなこと言っとる場合かどアホ!1番心配するやろが!!」
「とびおくんには、れんらくしないで‥!!」
「なんで‥!」
「侑!取り敢えず後や!永田さんに連絡ついた!」

「俺すげー好きです」

あの日の貴方の言葉が、良い意味で私を雁字搦めにして苦しめている。だから、治る為には声を失わなければいけないのだとしたら、私は絶対にそれだけは選択しない。

「‥貴女、どうしてもっと早く来なかったんですか‥声がおかしかったことには気付かなかったんですか、」

病院での検査結果は既に、レベル4の、咽頭がん。
私に残された選択肢は、手術をして咽頭全摘し声を失うか、最期の時まで歌い続けることだけだった。

2019.03.24