「あ、これスゴイ良いね。後ろがちょっと暗いけどこっちの方が怪しい感じ出てる」

何曲も音を作るのは慣れてる。嫌いじゃない、むしろ心地良い。生まれる音をその場で聞けるのは私達制作者の特権だ。だけど音じゃないものは心地良いとは少し違う。初めてのPV撮影。3人揃ってのアーティスト写真。今まではカッコつけたようなものはなくて、演じてるか、どどんと閃光≠貼り付けた写真だけだった。だから少し恥ずかしい。究極におめかしされた自分の姿を見るのは。

「コンセプトが闇の中の自分って厨二っぽいね。でもさっき今回の新曲聞いたけど凄く良かったよ、厚みのある出だしのアコギもめちゃくちゃ好みだったわ〜」
「あ、ありがとうございます‥!」

まだ世に出てはいない曲のPV制作は、もう終わりに差し掛かっている。莫大なお金が動いているんだろうなっていうスタジオのセットでは、侑と治がメインのカットを全て撮り終えている所だった。壁に掛けられた時計を見てふうと1つ息を吐く。

飛雄君と婚約した。何も確証のない2人だけの口約束だけど、侑にも治にも、もちろん永田さんにもすぐ伝えたし、おめでとうなって言ってくれた。お前の音楽活動に口酸っぱく言われたらすぐに報告せえよって言われたけど、そんな心配なんて私には微塵もない。もう少ししたら今よりも落ち着く時間ができるから、それまでは今の家で。でも、引っ越しの準備はしておけって言われている。‥ちょっとだけ浮き足立ってるのが分かる。少しだけ、早く帰りたいってそう思ってる。

「明日はテレビの取材と、なまえちゃんはファッション雑誌でまた撮影とインタビューあるからちゃんと顔作っといてね」
「ふぁい‥」
「欠伸」

ずびしっと永田さんにチョップ食らわされて痛いですと唸っていると、ニヤニヤしていた顔が目に映る。多分私が今考えてたことを当ててしまったんだろう。別のこと考えてたろって言いたげだが、勝手に1人で「まあ今はしょうがないわな」って独り言を呟くと、カッカとどこぞのオジサンみたいに笑っている。
毎日毎日何かとスケジュールが入るようになって、私達が売れるようにと周りが動いてくれる。もちろん私達も手抜きなんか絶対しない。見つけてくれた永田さんにも恩返しをしたいし、今日みたいにせっせかと私達の衣装から何から準備してくれたスタッフの人達にも、たくさんありがとうって言いたい。でもこの幸せな時期に、飛雄君のことを少しだって考えるなと言われても、それは無理な話なのだ。

「で、いつ籍入れるん?」
「ちょ‥侑、その話ここではまだしないでってば!もう終わったの?」
「なんや見てなかったんか?」
「ご、ごめん」
「確認してくればええやん。なまえのチェック無しで解散とはならなんやろ」
「分かった!」

一々揶揄ってくる侑にはドキドキする。飛雄君がバレー界では名の知れている選手だってことを知ったのは、まだ最近のことだ。これからはもっと知られることになる。だって、もう彼は全日本の代表選手になるんだから。だから、ちゃんと籍を入れてきちんと公表ができるようになるまでは、まだ内緒。早く言いたくてたまらないけど、あと少し。‥あと少しだけ。

「にしても、あの影山飛雄が相手だなんてなあ‥ほんとどこで知り合ったんだか‥」
「な、永田さん!しーっ!」
「いずれ吐かせるからな?そんでネタになりそうだったらフライデーに売る」
「そんなこと言われたら嫌いになりますよ‥」
「わはは!冗談だよ!」

わははじゃないっての。このやろ。

季節はもう随分と寒くなった。飛雄君と出会って、もうすぐ1年経つ。取り巻く環境も、人も、仕事も、目まぐるしく変わっていくのが分かるし、それが少ししんどいと思う時もなくはない。でもそれが今から自分の未来を作る為なのだと思うと頑張れる。‥飛雄君との将来の為なら、倍頑張れる。

「まあ、体調管理には気を付けろよ。楽しいことや嬉しいことがある分、人ってのは無意識に無理するもんだ。お前の身体はもうお前だけのモンじゃないってことを肝に命じておけ。これから日本中に届ける音がお前にはたくさんあるんだからな」

何かを悟っているような声は、脳の奥の奥まで妙に酷く響いていた。一瞬だけざらついたような目付きに、背筋がぶるりと震える。それを忘れてほしいかのようにまた明るく務めるように立ち上がって永田さんは2人の所へと戻っていった。「完璧だな」って一言、嬉しそうに言葉を零して。

「‥永田君、ホントにちゃんと吹っ切れたんだったら、いいけど」
「え?」

今日の撮影を行うに当たって、目の前でカメラを持つ女の人が長年の付き合いのある仕事仲間だと永田さんに紹介されたのは先日のことだった。彼女がぼやいているのは一体なんのことだったんだろうか。それを聞ければよかったのだけれど、どうにも悲しそうな顔が張り付いて、喉の奥に何かが突っかかったまま、私の口からは何一つ出てくることができなかった。

2018.11.02